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並木芽衣子 熱砂の海

2018/ 11/ 14
  • タグ:並木芽衣子 ◆bJKE2tuqjQ

  •                  
    シンデレラガールズ 目次

    1 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:35:35 ID:rac

    並木芽衣子さん、お誕生日おめでとうございます!

    2 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:36:11 ID:rac

    ――――

    「ね、プロデューサーさん。一緒に旅行、行かない?」

    事務所のパソコンを前に苦心している企画書が、パステル調に切り替わる。
    しかめ面をしていた瞼が和らいだことで、視界が開けたからだろう。
    パステル色のリボンが鮮やかな帽子を被った、少女と女性の狭間の魅力に溢れた存在。

    並木芽衣子――。担当アイドルの笑顔が疲労の色濃い眼窩を通して、眩く映る。

    「プロデューサーさん、大丈夫?」

    心配げに距離を詰めてくる。
    その姿に、こうしてはいられないと言いたげに頷く。

    「――ああ、ごめん。大丈夫」

    ゆっくりと引き絞るような呼吸と流し込まれるコーヒーが、夢現だったらしい意識を目覚めさせていく。

    3 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:42:21 ID:rac

    プロデューサーがゆっくりとカップを置くころ。
    芽衣子はそばにあったパイプ椅子を手繰り寄せていた。
    ひっつかんでいたのは、フリーのパック旅行を専門に扱う旅行雑誌。
    付箋だらけの紙の束は、芽衣子の自由な想像を広げた翼のようだ。
    そしてプロデューサーは、芽衣子の怒涛の攻勢を前にしどろもどろ。


    「プロデューサーさん!お疲れのところ申し訳ないけど、企画倒れになり続けていた旅行計画だよ!
    あのね、私はこの砂漠の夜景と朝日を見に行きたいの!何が素敵かって、このパック旅行だと、
    夜景と朝日は、5分だけ添乗員も旅行者もいない保護区を用意できること、だって!
    最近、保護区をエコツーリズムの名目で限定開放!この地点はまだ、ほとんど旅行者も行くことがないんだって!
    それでも今回は団体客が来るから、その隙間を用意できたそうなの!
    だから現地の人しかいないので大変、みたいなリスクは少ないよ!
    あとは旅慣れている私とプロデューサーさんなら大丈夫じゃないかな?
    見てみたくない?砂漠の風の模様!ラクダとオリックスとの触れ合い!夜空の星!
    勿論、砂漠に行く前も異国情緒を用意しているみたい♪ねえねえ、いいでしょ?いいよね!やったね!」
    「ま、まあまあ」
    「うん!どうしたの!?」
    「あの、あれだ、その……今は難しい時期で」
    「ふっ。甘いね、プロデューサーさん!これはね、ビジネスですよビジネス」
    「なぬ?」

    芽衣子はそう嘯くと、雑誌の裏に重ねてあった書類を見せる。
    そこには、こうあった――。

                
    PICK UP!

    4 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:42:48 ID:rac

    『並木芽衣子が行く、自由と奇跡の旅』

    そう一文だけ書かれた内容を見て、プロデューサーは目を大きく見開く。

    「決まったのか!芽衣子の単独旅番組!」
    「そ♪内定したよ」
    「……だからか。このコーナーは期間こそ短いが、その分密度を濃くして体験記を話すことができる。その目玉に」
    「ふふ♪」

    ――ふと。
    芽衣子は、煙るような表情に多様な色彩を窺わせる表情を浮かべた。
    すぐに引っ込んだ表情を、プロデューサーは気づかなかったらしく、キャスターにしまっていた書類の山をひっくり返す。

    「スケジュールがああで構成が……」

    机のカレンダーと書類とメモを目まぐるしく確認すると、一息ついて。

    「いける!1週間は余裕で開けられる!よし!」
    くるりと振り返るプロデューサーへ、芽衣子は口元をにんまりとさせる。
    「でしょ♪これで問題ない。……ところで、プロデューサーは忘れているようですね」

    ふふんと挑発するような珍しい笑顔で、芽衣子。
    頭を傾げたプロデューサーは、

    「何のこと?」
    「元々はプロデューサさんと私が共同で予定していたことでしょ。意気込みがそれ位だって証明するために、頑張ってくれていたもんね」

    優しい笑顔に思わず目を背ける。
    そう――2か月前は、会った余裕が失せている。
    そのことを担当アイドルにも見透かされている自身に、歯噛みする思い。
    間をおけなくなって、思わず苦し紛れに。

    「……予定地は」

    当然のように詮索しない芽衣子は、

    「ここ」

    指さす地点は、遥かに。

    ――――

    5 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:43:19 ID:rac

    容赦がない蒼天に照らされて。

    日々のデスクワークでダメージを負った心身への大ダメージ。
    十何時間のフライト。非常口の座席をどうにか確保していてよかった、本当に良かったと心から安堵。

    グロッキーな体躯を駆動させて、麻素材で出来たモスグリーンの長袖と簡素なジーンズ、クッション入りの長距離スニーカー、先ほど空港で購入した民族衣装の帽子を被っている。
    勧められたので、プロデューサーも購入。
    香炉のような円筒状に幾何学模様。意外と軽いのでフェルトなのかもしれない。

    普段通りのスーツ姿の自身はさておき、芽衣子は堂に入っている。
    一瞬で異国の空気に馴染んでいる。帽子だけではないだろう。
    なんどみても不思議な、旅人特有の変身だ。

    爛々とした笑顔が陽光に眩しい中、芽衣子は言う。

    「ふーっ。やっぱりこの辺りは暑いね」
    「だな。正直、早くホテルで休みたい」

    思わず漏れる弱音と、溜息。
    前方から振り返るのは、添乗員。

    「大丈夫ですよ。本日はホテルでごゆるりとお過ごしください」
    「えへへ♪お世話になります!」

    無邪気にも見える笑顔で答える芽衣子。
    直射日光で炙られているプロデューサーは、会釈にとどめる。

    6 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:43:45 ID:rac

    芽衣子は言う。
    「この国は車社会だと聞いてたけど、空港の近くは意外と歩く場所が多いんですね」

    添乗員が答える。
    「この辺りはタクシーにメーターがないことも多く、バスも少ないのです。よって、レンタカーでの移動が人気ですね。あちらにご用意致しております」

    自然、目線が先を向く。
    見覚えのある車種だった。

    添乗員は努めて冷静に言う。
    「この国で大人気ですよ」

    乗り込んで景色を見る。
    見えるのは傾いた歩道と地平線まで続くコンクリート。
    特徴的なビル群と至る所にかけられたポスター。
    そして、大量の車だった。
    現地時間午前8時でありながらこの暑さ。
    うだる思いをいずこかの存在に許しを請いたくなった。

    検問が敷かれる中を、ゆっくりと流れていく……。

    ――――

    7 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:44:11 ID:rac

    ホテルのベッドから見る天井は、その国独自の文様を生み出しているように思われる。
    それは疲労と所要時間が瞼に映す、めまいかもしれない。
    水分不足、体内時間の乱れ、それとも普段摂取していない食事の不足か。
    辿り着くまでに眺めた、排水の悪い道路の不可思議な流れか。
    これから見るだろう、異国の異国たるゆえんに思いをはせているからか。

    はたまた……

    コンコン。

    ドアがノックされる。
    はっと起き上がってみると、真っ暗だ。
    ぐるぐるしていた意識も落ち着いていた。

    コンコン。

    再度鳴らされる。
    目覚めさせた音は、控えめに主張している。
    その意味するところを思い出したプロデューサーは、慌てて返事をする。

    「はい!?何ですか!」

    行ってから気づく。ここは外国だった。
    旅行をしている気分に切り替わっていない。
    頭を振ると、温かい声が届く。

    「プロデューサーさん?元気?」

    芽衣子の優しい声に、思わず柔らかい心に響く。
    またしても数瞬、ぼんやりとしてしまう。

    ……

    8 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:44:34 ID:rac

    「プロデューサーさん、大丈夫?」
    気遣わし気な声音。
    持ち込んだインスタントコーヒーの安っぽい味が、妙に味わい深い。

    「ごめんごめん。寝てたよ」

    プロデューサーはカップを包み込むように持ちながら、頭を下げる。
    お互いにそれなりの関係を築いたからこその、落ち着いた時間。

    芽衣子は言う。
    「kそう?なら、よかった。ところで、ここのホテルは電子レンジがあるんだよ。買ってきたものを温めたりするの」
    「へえ、気が利くな。旅してるとレトルトが意外と多用するからなあ」
    「念のためにコンロと浄水剤は用意しているけどね。やっぱり便利だから。あの雑誌が評判いいのはこういうニクイところに手が回っているからなんだろうね」

    そういいつつ、机の紙袋を手に取る芽衣子。
    中には色とりどりのパン。

    「さっき外のファーストフード店っぽいところで買ってきたんだ」
    「夜一人で大丈夫か?」
    「ここは治安がいいからね。あとは気を付けるだけ。そこは任せてください」
    「そうか……」
    プロデューサーとして、社会人として色々気になる点をぐっとこらえて、芽衣子の渡してくる長方形のパンを受け取った。

    9 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:44:50 ID:rac

    「シュワルマだよ。ラップサンドイッチだね」

    ガリっ。
    じゅわっと染みるのは肉汁とポテトの塩。
    インゲンとトマトが食感を和らげている。
    マヨネーズが全体を整えている。
    スティックほどの長さしかないので二口で食べきってしまう。

    芽衣子は、日中の輝く笑顔ではなく、夜空に示す月のように目を細めている。
    ふと見ると、2本目に突入していた。
    早い。
    もう一つの紙袋からは、緑色のジュースが飛び出してきた。

    「ミント&レモン&ライムジュース。このシュワルマにはこれを合わせないと終わらないよ?」

    そういうと、遠慮なく呷る。

    つられて、飲んでみる。
    ライムの独特の香りが、ラム肉だったと思しき肉汁を遠くに連れていく。
    思わず満足げに溜息をついてしまう。

    そうして、言葉もなくかぶりつく。


    安らかな時間を、芽衣子と過ごせることがたまらなくうれしくなった。

    ……

    10 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:45:24 ID:rac

    「さて、プロデューサーさん?明日の予定を考えようね」

    芽衣子の小悪魔めいた顔が、突き付けられた地図ごしに見える。
    「はいはい。行きたい場所はどこなのかな、芽衣子ちゃん」
    負けじと笑うプロデューサー。

    11 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:45:43 ID:rac

    「明日は、あれだね。釣りだね」
    「釣り?」
    「そう。お魚、食べたくならない?」
    「それはなるが、魚?どんなのが釣れるんだ?海外での釣りは初めてだ」
    「私は何度かあるよ。海外だとそういう場所に行くと釣りをして食料を用意することもあるからね」
    「俺の想定以上にハードな旅をしている」
    「だって!お刺身を食べたくなるでしょう!?海外では自分で釣ったほうが安心なんだよ!あとは、レストランだからね」
    「まあ、そうかもしれんが」
    「というわけで、朝5時にロビーに集合ということで」
    「今何時?2時!」
    「そうです、2時です」
    「芽衣子ちゃんは、大丈夫かな?」
    「プロデューサーほどじゃないけど、5時間はおやすみしました」
    「お、おう」
    「添乗員さんがライフジャケットとか漁師さんとかを手配しているから、お任せだよ!」
    「頭が下がる」
    「ちゃんと挨拶しようね♪」
    「はーい」

    12 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:46:06 ID:rac

    生返事しつつ、地図専門店で購入した縮尺や地形、橋と道路まで事細かに記載された地図を眺める。
    夜更けに、予定を想像して地図を嗜む。
    旅行の醍醐味だ。

    「この辺りは、車で通った岸壁かな」
    「そうそう。ここを見ていて思いついたの」
    「そういえば~~」
    「だよね!~~」

    これからの予定を大体決めたので、芽衣子が部屋へ戻ろうとする。
    その時、彼女は一度だけ振り返ると、こう言った。

    「連れて行ってね?」

    どこか不安げな彼女の、そんな表情を見たくないと、プロデューサーは断言する。

    「連れていく」

    芽衣子は頷くと、小さく手を振りながら部屋を後にする。

    プロデューサーは、ベッドに倒れこむと、再び意識をなくす。

    ……連れていく、と。


    ―――

    13 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:46:27 ID:rac

    水平線に朝日が滲む。
    浮かぶのは船と、漁師。
    この辺りは波がほとんどこないから、小さめの漁船が小回りが利いて便利なのだという。
    ひげもじゃで赤ら顔の漁師は、自信たっぷりに海へ向かう。
    乗員4名のアクティビティだ。

    この地域にはゴツゴツした岸壁があちらこちらにあり、そうした場所では同じように漁師の船が数隻、すでに思い思いに漁をしていた。

    そのころには、朝日も照ってきて、絶好のタイミング。

    「よーし!今日はお魚を食べぬくよ!」

    許可が出て、芽衣子が先陣を切った。
    説明によると、投網でとるほどはしないので、エサを垂らしておけば、簡単に取れるとのこと。
    なので張り切る必要はないのだが、芽衣子の爛々とした表情に漁師も添乗員も、ほおを緩ませる。

    14 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:46:44 ID:rac

    しばし針を休ませること、数時間。

    まずかかったのは、添乗員。
    釣れたのはカツオだった。
    小ぶりだが、なんとも幸先のスタートだと、漁師もうれしがる。
    すぐさま〆て、刺身に。
    舌鼓を打ちながら、プロデューサーも芽衣子もゆっくりと釣りあげていく。

    鯛。
    ハタ。
    カレイ。
    イシモチ。
    など、深海魚を中心に良く釣れる。

    食べながら釣る。
    釣っていただく。

    15 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:47:09 ID:rac

    垂らした釣り糸を眺めていると、最近はこのような時間を過ごすことがなかったことが、頓におもいやられる。

    そう。旅行とは贅沢なものだ。
    仕事をしていると、そう思ってしまう。
    仕事であれば、ある意味気が楽だ。
    でないから、この時間をむずむずしてしまうのだろう。

    旅番組の予習を兼ねての行動だが、今は限りなく自由だ。
    今際の自由を楽しむことが嬉しい。
    太陽が中天を越えたころ、引き上げることになった。

    芽衣子は最後の一投をにこにこと放る。
    すると、間も置かぬうちに――竿が天空と海底を目指して別れようとした。

    「わっ!?」
    「芽衣子!?」

    プロデューサーは、既に片付けていたので、素早く支えることができた。
    腰に手をまわして、重しとなる。

    16 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:47:26 ID:rac

    「わあっ。重―っい!漁師さん、これって……」

    慌てて添乗員が漁師に通訳する。
    「きっと、鮪か鮫だな」

    「鮪!?鮫!?」

    通訳された内容に、目の色を変える芽衣子。

    「ああ、偶にこの辺りでかかるんだよ。どれ、変わろうか?」
    「手を離せないんですけどぉー!そして鮪が食べたい!」
    「お、おう。なら頑張ってみるか」

    プロデューサーが腕にこぶを作り歯を食いしばった芽衣子を見ながら、

    ――糸を切る準備を、と……
    鮪は市場で購入ということで。

    芽衣子を抱えた状態から、竿を掴み、二人で攻略を始めることにした。

    勝負は、小一時間。

    決着。


    ――――

    17 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:47:47 ID:rac

    カレー。
    この国では出稼ぎ労働者の多くが、カレーを国民食とする地域からきていることも多く、スパイスを利かせた食事が、豊富で値段も安い。
    むろん、味は素晴らしい。

    潮を洗い流した後、ホテルへの帰還前に寄ったカレー屋は、色が緑で統一されており、カレーの種類も緑が中心だった。

    プロデューサーは、豆のカレー。
    芽衣子は、ほうれんそうカレー。

    添乗員や漁師とは、途中で別れて移動していた。
    こういう所も、フリーパックのツアーならではだった。

    にっこにこの芽衣子は、
    「いやー、いい運動になったね!プロデューサーさん♪」
    ご機嫌だ。
    酸味が気に入ったと思しきプロデューサーは、ライムジュースを飲みながらひたすらに頷いていた。
    やがて来たカレーは、ドーサというじゃがいもを包んだパンとセットだった。

    「ふふふ♪やっぱりカレーは安心するねえ」

    芽衣子がほうれんそうをもぐもぐという感じで平らげている。

    「だな。疲れた体も落ち着く」

    プロデューサーは、じゃがいもが思いのほか大きいので苦戦中。

    そうして居心地のいい食事を終え、二人は翌日の時間を考える。

    18 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:48:09 ID:rac

    次は、山、だね!」
    「ほほう、山、とな」
    「この辺りは山岳地帯でもあるから、そこらへんを車で行くと、オアシスが多いんだ。洞窟と泉だね。写真で見た限りではすっごく綺麗だったよ!添乗員さんも地元の女性が水着で泳いでいるぐらいだって!」
    「洞窟、いいな。懐中電灯を取り出しておく」
    「ふふん。着替えが問題だし、泳ぎはしないけどね♪」
    「おやおや。まあ、アイドルだから無暗に目立ってしまうかもしれないので、そこらへんはありがたい」
    「ホテルのプールで泳ごうね」
    「水着に期待しているというわけではありませんよ?」
    「海外に来たら注意すること。どうやって運動量を稼ぐか」
    「ああ、まあ」
    「割とこれは大事だよね。ジムで運動することも多いんだけどね。ホテルだったら隣接していることもあるし」
    眼をどんよりとさせた芽衣子が、経験に彩られた言を発する。
    プロデューサーも、頷くだけ。


    「そういうわけなので、明日は険しいところを歩くだろうからよろしくね」
    「わかりました」

    旅の強いお供、レンタカー。
    彼のものに乗って帰還。

    ――――

    19 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:48:35 ID:rac

    レンタカーこと4WDに乗って数時間。
    やってきたのは、駐車場というべきなのかわからない場所と、既に秘境ではないかと見まごう、川守のいる緑色の川と、囲む岸壁だった。

    今回は添乗員もいないが、英語でお願いできた。

    どうにか反対側の岸辺まで到着すると、渡し守曰く、とりあえずまっすぐという何とも頼もしいやら困ったやら。

    プロデューサーと芽衣子は、それぞれクロックスのハードタイプ。
    アスレチック用だという触れ込み通り、岩場の踏み鳴らされた後も見受けられない場所でも抜群の効果を発揮している。
    草地と岩がごろごろ堆積しているだけの場所をえっちらおっちら歩く。

    そこで、芽衣子が。

    「あ、見て。プロデューサーさん。山羊の群れだ」
    「お、健脚だよなやっぱり」

    崖をするする登って行く姿は、異国の空気を導いてくれているようだ。

    20 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:48:52 ID:rac

    「そういえば、山羊は旅人の先導者だったかな」

    芽衣子がふと思い出したように言う。
    「角があるからなあ」
    単純に目立つこともあるだろう。
    ともあれ芽衣子の意外な知識や旅の思い出を聞きながら、登攀していった。

    そうして幾許か。
    点在するオアシスを抜けていくと、水がしみだしている洞窟と、水際立った透明度の泉をぽつんと発見した。
    プロデューサーと芽衣子は顔を見合わせると、破顔一笑。

    「やったね!」
    「やったな!」

    おそらくここが目的地だというのは、看板がぽつんと立っていたからだ。

    21 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:49:12 ID:rac

    芽衣子も言っていたように地元の人間も動物も、観光客も訪れる。
    いくら水質に感動しようと、ある程度目印を用意しているのは妥当だろう。

    なにより、それが目的地に辿り着いた嬉しさを下げるものではないのだから。

    早速熱を持った足裏を水に浸す。
    すると、むずむずした感触がしたと思うと、啄んでいる魚がいた。

    「あれ、これは」
    「ん、ああ、ドクターフィッシュだね。この辺りの泉には多いよ」

    プロデューサーは得心したと、溜息一つ。
    芽衣子はリラックスしたように伸びをすると、ぱたりと岩に転がる。
    自分たちを苦しめていた岩陰は絶好の日差し除けだった。

    プロデューサーは思う。

    いくら透明でも、見逃すものが多いことに。
    節穴だった自分を。

    ……

    22 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:49:30 ID:rac

    単純に数字を出せないことが嫌だった――だけだ。
    それなりに人気が出ている。
    とはいえ、メインストリームに続くには、圧倒的に量が足りていない。

    質は量から生まれる。

    そして、量にアクセスするには、何かが足りていない。
    ただ、それだけのこと。

    解決策は――一つしか出せなかった。

    時間の流れを味方につけること。継続すること。

    そう。
    自分は、プロデューサーとしての自分を見限ってしまいそうになっていたのだ。
    ただ、耐えられないから無理やり跳ね回る。
    皮肉にも、それはある程度の仕事を用意することにも繋がった。


    ただ――それだけの、ことだった。


    ――――

    23 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:49:49 ID:rac

    砂が、細かい。
    さらさらと、水のように模様を刻む。

    入り口は、思ったよりあっけなくついたという印象が強かった。

    バリケードと看板。
    看板には、法的規則などの注意事項が記載。

    最初は、均されたルート。
    徐々に、風化したように道が薄らいでいき、ごつごつした石によるオフロード。

    こうした場所での4WDは、圧倒的な利便性だ。
    補給も、10数キロであれば、最悪歩いて戻ることもできるのなら、憂いもない。

    この砂漠は、観光地化が大きく進んでいるので、無料Wi-Fiと無線が飛び交う場所でもある。

    しかし、これから向かう場所は、そうした観光地化にあって閉鎖されていた区域でもある。
    元々は、学術機関が地層を調べるための重要地域だったとか。
    恐竜が出現したとか、隕石や古代の鉄剣が見つかったとか。
    古代ローマ帝国のコインが見つかった時には、大発見だったそうだ。
    年代を特定するための重要な証拠にもある。


    添乗員のそうした四方山話を聞き流しながら、車をゆっくりと走らせていく。
    着いた建物は観光地化を象徴するように、駐車場に監視カメラと警備員が常駐するキャンプだった。
    なんでもプライバシーを確保するために、適度な距離感でテントを立てているから安心だとか。
    シャワーも食事も接客も、非常に優れていた。
    観光地とするために気を配っていることを感じさせる。

    何故か、猫が数匹看板猫をしている点が茶目っ気を感じさせる。
    その割には、先ほどからスタッフの子供らしい相手に、パンチでラッシュしているが。

    微笑ましさが広がるカウンターを抜け、レストランに腰を落ち着ける。
    バイキング形式で、和洋中とそろっている。
    一段と目を引くのは、ローズティーが華やかさを生むケーキだった。

    24 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:50:12 ID:rac

    そうした食事に舌鼓を打ちながら添乗員から予定を聞く。

    ……ここがベースキャンプとなる。目的地はテントもないので、日帰りで何度も往復することになる。
    夜間は運転に自信がない場合はお勧めできないことなど。

    プロデューサーは、一つ一つに頷き、大丈夫だと太鼓判を押す。

    エンジンの修理も看護の技術も一通り学んでいる。
    無線も、国際電話もある、と。

    25 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:50:49 ID:rac
    芽衣子は、その間、地図とパンフレットを片手に、スタッフと仲良くおしゃべりしていた。
    片言の英語と堂々とした態度、明るい口調が男女を問わず朗らかにさせている。

    添乗員が許可書を用意している間も、彼女はジュースの差し入れでご満悦だ。

    プロデューサーは、こうして、旅人としての立ち振る舞う芽衣子を見ると、それがたまらなくうれしく感じてしまうのだ。
    旅の清涼感と空気感を引き連れて、人の心に入り込む。
    大人のサポートと少女めいた秘密の旅へのあこがれ。
    日々を過ごす中で得難い、旅への郷愁。
    彼女の生き方は、有形無形の想いを浮かばせる。

    プロデューサーは、またも差し入れされたフルーツを頬張っている芽衣子を見ると、どうしてもダメなのだ。
    諦めたくない。抗いたい。

    ――先に連れていきたいのだと。


    そうした姿を、そばに寄ってきた猫だけが見つめる。

    ……

    26 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:51:04 ID:rac

    「プロデューサーさん。少し外に出てみない?」

    芽衣子からのお誘いは、夜半に来た。
    旅先のベッドで小説を読むという、至福の時間。

    その時にも勝るだろう、同行者との秘密の散策。

    このころには、すっかり旅を満喫していたプロデューサーは一二もなく頷いた。


    ……

    27 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:51:22 ID:rac

    さくさくとした足音だけが響く砂漠の夜。

    腕を腰に回した芽衣子は、何かを確認するように歩く。
    プロデューサーは、シルエットだけが映る点在する植物を見やっていた。

    無言でただ歩む時間が幾許か。
    下を確認していた芽衣子は、砂山の上に差し掛かると、ゆっくりと顔を上げる。


    芽衣子は言う。
    「プロデューサーさん」
    プロデューサーは答える。
    「ああ」
    芽衣子は言う。
    「私、やってみたいことがあったんだ……」
    プロデューサーは答える。
    「それは?」


    28 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:53:05 ID:rac

    ……

    ――それはね♪

    にっこりとほほえむ芽衣子。
    腕を掴まれたプロデューサーは、足を掬われる。
    ぽふっと砂の上に着座させられると、芽衣子はそのまま腕を掴んだままーーっ。


    「いやっほ―――――――――――――――――――――――
    ――――――――――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――――――――――
    ―――――――――――――――――――――――――――――
    ――――――――――――――――――――――――――――
    ――――――――――――――――――――――――――――
    ――――――――――――――――――――――――――――
    ――――――――――――――――――――――――――――
    ――――――――――――――――――――――――――――
    ――――――――――――――――――――――――――――
    ―っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
    !!!!!!!!!」

    『砂辺でのアクティビティ其之一。
    滑り台。
    注意事項。
    頭から落ちないよう気を付けること。
    障害物に注意。

    以上。


    パンフレットにあった事項が脳裏を霞めていき、すぐに現実へと昇華された。

    「のぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    ーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」



    ―――

    29 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:53:28 ID:rac

    プロデューサーと芽衣子は、お互いに声を出せなかった。
    呼応した感情は、言葉を弄さぬ。

    ……思ったより怖かった。

    寝転がった二人は、俯いているだけでは見逃すだろう。
    満点の星々を見た。

    30 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:54:39 ID:rac

    合間の時。

    ――砂を枕にした芽衣子は、ささやくように。



    「私は焦っていないよ、プロデューサーさん」

    無言で見やるプロデューサーに、芽衣子は重ねる。


    「――道中を楽しみたい。遠い道だからこそ見落としたくないの」


    思わず、月影に煙る星へ逃れる。
    構わず、虚空へ続ける。

    「プロデューサーさん。私は信じているよ、貴方を」

    飲み込めない虚空の瞬きが、ぎゅっと詰め込まれる。

    「だから、貴方も私を信じないといけない」


    傲慢な、欲しいものを手に入れると疑わない。
    旅を楽しむ中で、いつしか生まれたのだろう、自信。
    爛々と輝く瞳。
    満面の笑顔で、


    「そうして――最高の景色を見たいの。あなたと一緒に」


    ――ありがとう。
    口からついて出ようとして、弱気を戒める。


    「次の行き先は、私も一緒に考えたいな。だって、パートナーだもん!ねっ♪……ねっ♪」


    プロデューサーは、一つ頷く。
    それだけが、夜空の陰に。


    ――――

    31 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:56:21 ID:rac

    ――ぶわり。

    風紋が、風の世界を映している。

    見えない流れと、積み上げられた歴史を。

    帽子を掴んだ芽衣子は、ゆっくりと丘を上がっていく。
    片手には、携帯端末。
    一泊した後の、午前5時。
    日の出も上がらぬ、最も薄暗い時間。

    ゆっくりと重苦しく、帳が上がらんとする間。

    ――ぶわり。

    期待を煽る。

    プロデューサーは、ふと、この旅行中、一度も眠気を感じたことがなかったことに気づいた。
    初日こそ寝入ったが、時日以降の曙を忌々しく見つめることなどなかったのだ。

    今まで旅行であろうと欠伸がなくならない自分の、細やかな違い。

    ――ぶわり。

    ああ、そうか。
    充実しているんだ。

    そのことに思い至って、おかしくなった。

    芽衣子との旅は、いつだって満ち足りる。
    ファンにも、その気持ちを感じてほしいと願っていたのに。
    自分が体験していると、こんなにもさりげなく。

    ――ぶわり。

    先導する芽衣子の横に並び立ちたいと足を速める。
    トレッキングシューズは、その気持ちを反映するべく砂を咬む。
    芽衣子は、横に来ることを疑っていないように。
    ただ、前をきらきらと。

    32 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:56:36 ID:rac

    ――ぶわり。

    とんとん。

    ――ぶわり。

    さくさく。

    ――ぶわり。

    もゆもゆ。

    ――ぶわり。


    その時は、呆気なく。

    世界が、目を開いた。薄雲を従えて。
    一秒ごとに砂浜を、赤く染め上げていく。
    熱い。

    熱を幾許も持っていない筈の世界が、熱と歓喜で腕を振り上げている。
    雲がかかっているはずの、この場所が、なぜか熱気に包まれている。

    33 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)03:56:52 ID:rac
    芽衣子は言う。
    悪戯気に。

    「プロデューサーさん。目を離しちゃだめだよ?」

    その時、芽衣子は一歩踏み出した。

    34 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)09:14:36 ID:4gt

    ――――自分は、またしても勘違いしていたのだと。



    今いる場所は丘の頂点ではなかったのだ。
    脳裏に、ほんのわずかな予兆が浮かんでくる。

    詳細な地図。添乗員から渡された座標と目標点。スタッフとの会話。先程までiPhoneで細かく足場を調整していたこと。

    自分の知らない、本当の名所。



    スポットライトを浴びたように、天使の橋が架け下りてきた。

    リボンといつものハット。
    チュニックとカーディガン、ジーンズが、まるで衣装のように幽玄と溌剌さを広げていた。

    妖しい影が輪郭をぼやかせる。
    陽光の艶めきが夢を現にする。
    目まぐるしく、静と動を入れ替わる、ほんの数十秒のステージだった。

    芽衣子は言う。

    「プロデューサーさん!私、今、すごくうれしい!!!」

    両腕を広げて、片足を上げ、くるくると。
    くるくると、彼女は回っている。
    砂場をものともしないのは、日頃のレッスンの成果だ。

    …………プロデューサーは一歩踏み出す。
    一緒に、同じ景色を見る。
    影が並ぶ。

    もう――――何もいらなかった。



    ――――

    35 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)09:15:01 ID:4gt

    「いつから、これを計画していたんだ?」
    「添乗員さんからこっそり。今後、あの光をスポットライトにした結婚式の写真を撮りたいって。うまくいけば、世界初だからビジネスになるでしょ」
    「そうか……」
    「いいサンプルになったよ。私もほとんどが秘密にされていた場所でスポットライトを浴びたんだもの」
    「どういう仕組みなんだろうな」
    「うーん。それが言い伝えでしかないからわからないそうだよ。禁止区域だったのもそういう理由」
    「なるほど」
    「いやー、隠していてごめんね♪」
    「いいさ」
    「ありがとう」
    「こちらこそ」

    36 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)09:15:21 ID:4gt

    ――――――――

    空港のロータリー。ガラガラとトランクを引く。
    脱いでいた帽子の位置を確かめている芽衣子は、Pに振り返りながら言う。

    「うーん。楽しかったなー。久々にしっかり旅行ができたし。行ってみたい場所に、一緒に行きたい人と行く!これ、中々出来ないよねー」
    「そこまで褒めてもらえると、さすがに照れる」
    「砂漠だったから?」
    「照り焼きになるかとは思った。あれだ。あんな中に苦行に行く聖人のメンタル、やはりアウトローだとかなんとか言われていても、驚きとしかいえん」
    「おどろおどろしいのかもね」
    「言われてみれば砂漠に行くのは、当時は路地裏をうろつくような形なのかねえ」
    「そこで、理想を見ると」

    おさまりがついたのか、耳元で跳ねる髪を一撫でする芽衣子。

    「さー。次はお仕事だね。ファンの皆を新しい世界にご案内~♪」
    「芽衣子」

    燦燦と光が照らす道。ガラスの扉が待つ場所で、Pは振り返り。

    「必ず、連れていく」

    と、力強く。
    芽衣子は、鷹揚に頷くと満面の笑みで応える。

    「じゃあ約束♪」

    ててて、と僅かに足早に。掴んだ手の主の指す先へ。

    扉を抜けた先の、シンデレラへの旅をする。

    37 : ◆bJKE2tuqjQ : 2018/10/14(日)09:15:40 ID:4gt
    おわり



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