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塩見周子「ぜんざい」

2018/ 09/ 23
  • タグ:塩見周子 小早川紗枝

  •                  
    目次
    1 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:23:42 ID:PzJ

    ※さえしゅうです

    2 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:24:39 ID:PzJ

    真夏の肌を焦がすような日差しは、京都も東京も同じだった。

    塩見周子は雷門の赤提灯の下で、手帳にバッテンを書き込んだ。

    利休白茶に光沢がついたような銀髪。切れ長の瞳。

    少し尖った鼻。

    普段の性格は飄々としていて、物事の深いところにあまりつっこまない。

    彼女は友人の小早川紗枝を伴って、休日という休日を甘味処巡りに費やしている。

    なにせこの暑さ。

    冷や菓子でも食べていなければ、アイドルもやっていられない。

    だが、東京には周子の舌に合う甘味処がなかなか見つからない。

    その理由については周子自身検討がついている。

    3 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:25:32 ID:PzJ

    水。

    京の都には名水が多く、周子が生まれた菓子屋もその水を使って菓子を拵える。

    日々の飯の煮炊きに使われる水も上質なもので、

    周子が初めて東京の水道水を飲んだ時は、かすかに顔をしかめた。

    餡子にしろ寒天にしろ、黒蜜にしろ、水がちがえば味が変わる。

    周子はそれを責めるつもりはない。

    これは好みの問題であって、良し悪しをつけるものではないからだ。

    「浅草もダメか…」

    周子はつぶやいた。

    かれこれ20軒以上の甘味処を巡ったが、空振りばかり。

                
    PICK UP!

    4 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:27:05 ID:PzJ

    「新幹線なら、日帰りで京にも行けますやろ」

    色気のある京言葉のイントネーションで、紗枝が言った。

    艶めいた黒の長髪。目尻はおだやかに下がる。

    たおやかな物腰で柔和。いわゆるはんなんり美人である。

    この暑い夏だというのに、着物を涼しげに纏っている。

    「京都かー…パスポートを作る時間がないな~」

    はぐらかすように、周子が冗談を言った。

    だがその冗談のなかに、自分はもう京都の住民ではない、

    という気持ちが隠れていた。

    5 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:29:20 ID:PzJ

    彼女はかつて、「実家でヌクヌクしようとしたら追い出された」と語っていたが、

    アイドルとして自分でお金を稼ぐようになってからは、

    そのようなことは口に出さなくなった。

    自らの浅はかさを後悔していた。

    周子の里帰りを妨げるものがすなわち、その悔悟の念である。

    「いっそのこと自分で作っちゃおうかな」

    京の味を懐かしむ様子を、表面上は見せずに周子は手帳を閉じた。

    これもまた冗談であったが、紗枝がそれに乗った。

    「ええなあ。うち、周子はんの作る冷ぜんざいが食べたい」

    紗枝の、きらきらとした瞳に見つめられて、周子は首を横に振れなかった。

    6 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:30:57 ID:PzJ

    面倒なことになっちゃった。

    周子はひんやりと冷房の効いた、紗枝の部屋のキッチンにいた。

    なぜかというと、ぜんざいを作るための材料がちょうど、

    紗枝の部屋にあるからだという。

    あたしよりよっぽど、菓子屋の娘らしい。

    その紗枝は今も、にこにこと周子の様子を見ている。

    さて肝心のぜんざい作りであるが、周子自身、まったく覚えがない。

    老舗の菓子屋の娘といっても、跡取りは男と決められていたし、

    菓子工房への出入りも禁じられていた。

    しようがないので、周子はこっそりスマホをいじって、

    作り方を頭に入れていた。

    7 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:34:53 ID:PzJ

    まずは渋抜きか。

    周子はさっと小豆を洗って、小鍋に入れた。

    そしてたっぷりの水で茹でる。

    「流石やなあ」

    「褒めるのが早いってば」

    苦笑しながら、周子はふつふつと揺れる小豆を見つめた。

    塩見屋はどこの小豆を使っているだろうか、とふと気になった。

    東京の甘味処は、「うちはどこどこの小豆を使っていて~」と、

    アイドルへのごますりもあったのだろうが、気前よく話してくれた。

    だが、塩見屋と同じ餡子____小豆は1つもなかった。

    また、塩見屋で使われている小豆も極秘、門外不出の扱いである。

    生家を飛び出した周子には、その味のほかには何もわからない。

    8 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:38:18 ID:PzJ

    水が沸騰し濁ってきたので水を入れ替えて、また茹でる。

    「ほんに、京都に帰る気はないん?」

    「………」

    集中しているふりをして、周子は紗枝の問いを聞き流した。

    帰れるものなら帰りたい。

    両親に会って、かつてのことを謝りたい。

    でも、どんな顔をして会えばいいんだろう。

    周子は両親になんの相談もせずにアイドルになった。

    いまでこそ、一人立ちしたと言えるくらい順調に活動をしているが、

    親心は平穏ではなかっただろう。

    親の言うことなど全く聞かない、好き勝手に生きる娘。

    いや、もう娘とすら思っていないかもしれない。

    9 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:39:31 ID:PzJ

    周子は再び沸騰した水を捨てた。

    これで渋抜きは終わり。

    次は小豆がやわらかくなるまで、新しい水で一時間ほど煮る。

    周子は湯気で汗ばんだ顔を拭った。

    作り方を見たときから分かってはいたが、手間も時間もがかかる。

    そのことで余計に、かつての自分の軽薄さが嫌になる。

    菓子屋の苦労など知りもしないで、冬眠中の狐のように怠けていた。

    ますます親に合わせる顔がない。

    「紗枝、ちょっと火を見てて」

    周子は部屋を出た。

    また家のことについて尋ねられるのがいやだった。

    懐かしくなって、涙がこぼれそうになるのがいやだった。

    裏切りつづけたのに、今更になって家にすがろうとする自分が、

    どうしようもなくいやだった。

    10 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:40:15 ID:PzJ

    周子は自分の部屋で気持ちを鎮めようとした。

    しかし、鍵がなかった。

    紗枝の部屋に置いてきてしまったのだ。

    周子は扉の前で、膝をかかえた。

    気を紛らわすために他のアイドルと話したくても、

    あいにくLiPPSのメンバーはそれぞれ別の仕事が入っている。

    周子は家を追い出されたときよりずっと、深い孤独感を感じた。

    普段の気楽さ、飄々さが今日はふさぎ込んでいる。

    だが、慣れぬことをした疲れからか、眠気がやってきて、

    彼女はしばしの間苦悩から解放された。

    11 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:41:31 ID:PzJ

    ふと目を覚まして時計を見ると、二時間以上も経っていた。

    周子は大慌てで、紗枝の部屋に戻った。

    「ずいぶん、おそい帰りどすなあ」

    「……ごめん」

    「ぜんざい、できとります」

    特に怒った様子もなく、紗枝は椀にぜんざいを注いだ。

    だがそれは、椀を持つ手がひりひりするくらい、

    熱々のぜんざいだった。

    「食べてみて?」

    まさかいやとは言えず、周子はまず、

    ぜんざいの汁を飲んでみた。

    涙が出そうになった。

    舌が火傷するのではないかというくらい熱かった。

    12 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:43:26 ID:PzJ

    そして驚くくらいに、塩見屋のぜんざいの味に似ていた。

    甘い。

    けれども、いつまでも口に残らない、品の良い甘さ。

    やはり水のせいか、若干のちがいはあるものの、

    周子の心はかつてないほど、大きく揺さぶられた。

    「もう一度聞くけど、ほんに、京都に戻る気はないん?」

    紗枝からの再びの問いに、肩で息をしながら、周子は答えた。

    「戻りたい……戻りたいけど…もう、あたしは娘だと思われてない…」

    13 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:54:10 ID:PzJ

    紗枝は親友に、封の開いた空の小包を渡した。

    「似た者親子どすなあ」

    周子が送り主を見ると、それは生家の住所だった。

    「直接送っても受け取ってもらえんからって、うちにおくってくるんやもん」

    「まさか、」

    そんなはずはない。

    周子は自分の顔がずいぶん情けない形に

    なっているだろうと思いながらも、紗枝にたずねた。

    「あの小豆は……」

    紗枝はにっこりと笑ってうなずいた。

    それを見たとき周子の心に、静かであたたかい雨がふってきた。

    14 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)00:54:27 ID:PzJ
    おしまい

    16 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)01:12:41 ID:BX9
    おつー
    17 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)01:16:23 ID:HLz
    おつおつ
    雰囲気いいなぁ
    18 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/22(火)07:15:30 ID:wNf
    鉄板コンビやね
    乙!
    19 : 名無しさん@おーぷん : 2017/08/28(月)20:19:57 ID:JK7
    面白かった!



    塩見周子「ぜんざい」
    http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1503329022/


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