Article

        

神崎蘭子「大好きっ!!」 中編

2018/ 12/ 12
  • タグ:神崎蘭子 アナスタシア(シンデレラガールズ) 鷹富士茄子 塩見周子 速水奏 鷺沢文香 高垣楓 二宮飛鳥 荒木比奈

  •                  
    シンデレラガールズ 目次


    前編

    184 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 16:55:27.94 ID:iqmN4vTvo


     【16歳 / 初夏】


     「ばかぁぁぁーーーーーーっっ!!!」


    破れんばかりの勢いで病室の扉が開き、六人の患者達が慌てて跳ね起きた。
    ターゲットを最奥のベッドに認めると、その胸元へ勢い良くタックルを加える。

     「っごぅ」

     「ばかばかばかばかばかばかプロデューサー」

    悶える暇すら与えず、神崎蘭子は彼の胸板に何度も何度も頭突き。
    浮かんでいた涙が病衣に染み込み、不規則な模様を描く。
    呆気に取られる他の患者達に見つめられ、彼は慌てたように釈明しようとした。

     「あ、ごほっええとこれは、大声ごふっすみませんあの、蘭子ちゃん離れようか?」

     「…………ばかぁ」

    ぐすぐすと洟を啜り、蘭子は抱き着いて離れようとしない。
    その様子を見た患者達は納得したように頷いた。

     「良い妹さんを持ったなぁ、兄ちゃん」

     「大切にせんといかんぜ、身体もこの娘も」

     「しかしあんま似てないな……いや、失敬」

    壮年から中高年の男性患者たちに揃って都合良く解釈される。
    彼は反論しようとして、胸元の小さな頭を見て、結局諦めた。

    185 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 17:01:55.64 ID:iqmN4vTvo

     「……その、心配してくれてありがとう。ごめんな」

     「赦さぬ」
     (ばか)

     「ええと、いやホント、大した事無いから」

     「空言を弄するな。身も朽ち果てん有様だったと風も囁いた」
     (うそ。過労だって聞いたもん)

     「ダー。うそ、ダメですよ? プロデューサー」

     「……やぁ。アーニャちゃんもありがとうね」


    当代シンデレラガールと総選挙第二位。
    そんな二人の少女を担当するプロデューサー業務は壮絶な戦いだった。
    身体が二つ欲しいと彼の零した呟きは、まさしくその状況を一言に纏め上げている。

    第二回総選挙からのこの一年間。
    終わりの無いマラソンは先日の第三回総選挙でようやくのゴールを迎えた。
    そして走り続けたランナーは精根尽き果て倒れ込んでしまったのだ。
    診断結果は過労。医師からは五日間の安静を言い渡されていた。

     「プロデューサー。蘭子、とってもベスパコイツァ……心配、してました」

     「……」

     「その……グランマが、その……アー……」

    186 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 17:18:40.76 ID:iqmN4vTvo

    祖母が世を去ってから、未だ半年足らず。
    そんな折に担当プロデューサーが倒れた報を耳にした蘭子。
    彼女の心情が如何ほどのものか、彼自身も痛切に理解していた。

     「我が、友までも……やだよぅ……い、居なくなっ、たら、どうしよう、ってっ……」

     「……ごめんな。本当に、ごめん。もう、勝手にどこかへ行ったりしないよ」

     「プロデューサー。蘭子と……私と、約束できますか?」

     「ああ、約束だ」

     「……なれば、我々と共に久遠の盟約を交わせ」
     (じゃあ、私達と指切りして)

     「いいとも」

    苦笑しながらも、しっかりと小指を伸ばす。
    蘭子とアーニャも細い指を伸ばし、三つ巴の鎖を結んだ。

     「プロデューサー。これからも、一緒に居てくれますか?」

     「ああ」

     「蘭子、お願いします」

     「……うむ」

    そして、結んだ指を小刻みに揺らす。

    187 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 17:32:24.37 ID:iqmN4vTvo



     「指切拳万、空言を紡ぎし果てには地獄の業火に身を灼かれよう。血の盟約は契られた」
     (ゆびきりげんまん、ウソついたら針千本のーます。指切った!)

     「…………あ、ああ」



    ひとたび魔王との盟約を破れば、それはそれは大変な事態になるのだ。



                
    PICK UP!

    188 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 17:52:30.04 ID:iqmN4vTvo


     「――刻は満ちた。これより円卓会議を執り行う! 騎士共よ、卓へ着け!」
     (作戦会議です! みんな、座ってください!)


    翌日。
    蘭子は事務所の小会議室にて高らかに宣言した。
    彼女の背よりだいぶ高いホワイトボードをぺしぺしと叩く。

     「カンフィリアンスェ……会議、とっても大切、ですね?」

     「はいー。言葉と言葉を交わす事こそー人の人たる由縁ゆえにー」

    アーニャの隣に座るのは先程までのんびりお茶をしばいていた依田芳乃。
    悩み相談が得意と聞いた蘭子が会議へ誘うと二つ返事で承諾してくれたのだ。
    長方形の会議机を挟み、二人と蘭子が向かい合う。
    小会議室に円卓は無かった。

     「あ、お菓子いっぱい買って来たから食べてね?」

     「では遠慮無くーカントリーマァムをー」

     「ンー……カントリーマァム、良い名前です」

    長期戦に備え、机の端にはお菓子が山積みになっていた。
    二人に釣られて蘭子もカントリーマァムを囓る。

     「おいしー」

     「まことー」

     「抹茶味も、美味しいです」


    腹が減っては戦が出来ないのだ。


    189 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 18:26:21.34 ID:iqmN4vTvo

     「これより円卓会議を執り行う! ……あ。ありがとー」

     「ニェート」

     「これより円卓会議を執り行う!」
     (では会議を始めます!)

    アーニャに口元の食べかすを払ってもらい、厳かに円卓会議が始まった。
    ちなみに会議室の扉には『サバト執行中』の紙が貼られている。
    このブレもまた蘭子語の持ち味だった。

     「我らには一刻の猶予も残されておらぬ! 我が後に続く者は剣を掲げよ!」
     (急いでどうにかしないとね。二人とも良いアイディアとかあるかな?)

    蘭子がホワイトボードを力強く叩いた。
    実に女の子らしい筆跡で『プロデューサーお助け大作戦♪』の文字が踊っている。
    今日はそこそこブレの激しい日だった。

     「はい、アーニャちゃん」

     「プロデューサーの書類仕事、手伝うのはどうですか?」

     「うーん……でも私、あんまり難しいのよく分かんないよ」

     「ダー……私もです」

    シンデレラガールのタイトルを返上したとは言え、仕事が減る訳でもなし。
    再び彼を倒れさせぬよう、心優しい少女達はうんうんと唸っていた。

    190 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 18:29:18.73 ID:iqmN4vTvo

     「はいなー」

     「はい、芳乃ちゃん」

     「背伸びは禁物ですー。まずは手の届く支度からー初めてみてはー」

     「ふむ」

     「ピカップ……送り迎えとか、ですか?」

     「いかにもー」

    アイドルのプロデュース業務は多岐に渡る。
    ステージ演出や衣装の提案、客先への営業、アイドルの送迎、エトセトラエトセトラ。
    通常の業界であればどれも分業化されるべき業務量である。
    だがここ十年ほどはこういった慣習が常態化し、不思議と文句も出てこなかった。

     「しかし我らの戦場はクノッソスの迷宮。アリアドネの糸無しには……」
     (私、テレビ局とかで未だに迷っちゃって……プロデューサー抜きで大丈夫かなぁ)

    191 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 18:36:13.23 ID:iqmN4vTvo

     「蘭子、頑張り所です。お互い、いっぱいサポートしましょう」

     「……うん、そうだよね。私達がしっかりすれば、プロデューサーも休めるもんね!」

     「共に踊る者たちとの挨拶などもー大切なものでー。縁を繋ぐ為にも疎かにはー」

     「慰めの調べ……クク。その程度、我らには造作も無き事」
     (楽屋のあいさつ回りかぁ……うん、そのぐらいなら私にも出来るかもっ!)

    『プロデューサーお助け大作戦♪』の横にサインペンを走らせる。


     『出来る事から始めよう! まずはあいさつから!』


    満足げに頷き、蘭子はその一行を大きく丸で囲った。


    192 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 18:48:45.17 ID:iqmN4vTvo

     「この刻を以て円卓会議の幕を切る。騎士共よ、参集御苦労であった!」
     (よしっ! これで会議を終わります! みんな、お疲れ様っ!)

     「ウラー!」

     「いえいえー」

    三名による小さな拍手が湧き起こる。
    こうして、実に十五分に及ぶ円卓会議がその幕を下ろした。


     「お菓子余ったねー」

     「皆を呼びー分け与えるのがよろしいかとー」

     「みんなでお菓子パーティー、しましょう♪」

     「よーし……明日から、頑張ろうねっ」

     「ダー!」

     「美しきはー友情かなー」

    193 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 18:55:31.66 ID:iqmN4vTvo


    こうして蘭子とアーニャの小さなチャレンジが始まり、大失敗に終わった。
    翌週復帰した彼は後始末に奔走し、結果として胃に小さな穴が開いた。
    アーニャもちょっと泣いた。


    194 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 19:05:18.99 ID:iqmN4vTvo


     【16歳 / 晩秋】


     「パーティ~、バーヌキェ~ット、クラーバ~……♪」

     「ナー?」


    北海道から持って来たというパーティー帽を被り、鼻歌を唄いながら工作するアーニャ。
    グリフォンがその手元を不思議そうに覗き込んでいる。


    紆余曲折を経て、蘭子は仔猫を飼う事となった。
    推定年齢1歳未満のロシアンブルー、グリフォン。
    今や彼はアーニャと共に、蘭子の家族と言っても過言では無い。


     「ズェベルシーニェ! 出来ましたよ、グリフォン」

     「ニャッ」

    厚紙とゴム紐で作られた、アーニャ特製の猫用パーティー帽。
    小さな両耳の間には大き過ぎるくらいのとんがりが生えて、グリフォンが首を傾げた。

     「あら、格好良いですね~。主役用タスキも持って来ましょうか♪」

    土鍋の具合を確認しながら、鷹富士茄子が笑う。

    195 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 19:17:32.39 ID:iqmN4vTvo

    アーニャもウキウキな本日の夕餉はカニ鍋パーティー。
    遅ればせながらグリフォンのウェルカムパーティーも兼ねている一席だ。
    特別ゲストとして、グリフォンの恩人である茄子も招かれている。

    PVやら猫やら、この秋は本当に色々とあったのだ。


     「魔王の帰還!」
     (ただいまー)

     「お帰りなさーい。お邪魔してます、蘭子ちゃん♪」

     「ククク……見よ! 下僕からの献上品を!」
     (プロデューサーから差し入れ貰っちゃいました!)

    袋いっぱいの缶ジュースやお菓子を手に蘭子が帰宅した。
    カニパ、カニパー、と呟きながら洗面所へと向かう。

     「では、蘭子ちゃんも帰って来ましたし。グリフォン君もアーニャちゃんもお待ちかねですし」

     「ニャ」

     「ワクワク……」

     「豆乳鍋に、具材を……投入~♪」

     「ウラー!」

    白の湖面に具材が飛び込んでゆく。
    煮えにくいものから順番に、オールスターが勢揃いしていった。
    自宅で酒盛り中の楓がくしゃみをした。

    196 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 19:31:54.12 ID:iqmN4vTvo

     「おお……幾多の贄共が踊り狂っておるわ……!」
     (わぁっ。食べきれるかなー)

     「そしてそしてー、トリを飾るのはー……本日の主役、カニさんでーす♪」

     「クラーバっ!」

    ぱぽんっ!

    カニが踊り、アーニャがアメリカンクラッカーを打ち鳴らす。
    彼女は久しぶりのホームパーティーを全力で楽しんでいた。
    自宅でチーズ鱈を囓っていた楓がくしゃみをした。

     「という訳で、煮えるまでグリフォン君と遊びましょう」

     「ナー?」

     「フフ……焦るでない、魔獣よ。宴はこれから故」
     (ごはん、もうちょっと待っててね)

    蘭子がグリフォンを膝に抱きかかえる。
    背中をもふもふと撫でると、彼は満足げに喉を鳴らした。

    197 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 19:47:16.47 ID:iqmN4vTvo

     「実はですねー、今とある企画をやっていまして」

     「ほう?」

     「企画?」

     「お守り大作戦です」

    茄子が懐からお守りを取り出す。
    表面には『色々大祈願』と精緻な刺繍が施されていた。

     「ほら、私ってライブでお守り放るじゃないですか」

     「うむ。狂乱の賽ね」
     (人気ありますよねー、あれ)

     「数を用意するのが難しいんです、このお守り。なので代わりが無いかなーって」

     「代わり、ですか?」

     「ずばり待ち受け画面です」

    茄子が携帯電話を取り出した。
    待ち受け画面には富士山を背景に鷹と茄子とが舞っている。

    198 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 20:03:27.96 ID:iqmN4vTvo

     「私を写した待ち受け画面を配信すればいいんじゃないかなーと思いまして」

     「ほほう」

     「そこでグリフォン君です」

     「……ナ?」

    賑やかに鳴き始めた鍋の様子を伺っていたグリフォン。
    そっと前脚を伸ばしかけた下手人を捕まえ、茄子が膝の上へと投獄した。

     「招き猫になって貰っちゃおうと♪」

     「マネキネコ……ちひろが集めてるあのコ達、ですか?」

     「だー♪」

     「ナー」

    右手を掴み、招き猫のポーズを真似させる。
    グリフォンをじっと見つめて、アーニャも招き猫のポーズを真似た。
    蘭子も真似て、ちょっと照れた。

    199 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 20:17:04.08 ID:iqmN4vTvo

     「なれば、写し身の儀を今より執り行おう」
     (じゃあ、写真撮りましょうか)

     「あ、ちょっと待ってください。良い物持って来てるんですよー」

    茄子がハンドバッグを引っ繰り返す。
    あれでもないこれでもないと脇へ避けた、世にも珍しいグッズの数々。
    二人と一匹はそれらを興味深そうにつっついていた。

     「あったあった。じゃーん」

    そして取り出したのは一枚の金属片。
    新五百円玉よりも二回りほど大きく、またやや白みがかっていた。

     「アー! コバン、ですね?」

     「ぴんぽーん♪ 招き猫と言えばこれですよねー。はい、グリフォン君」

    茄子がグリフォンへ小判を手渡す。
    不思議そうな表情でしばらく舐め回した後、ちょうどいいとばかりに囓り始めた。

     「真獣よ。それは甘美なる偽りの財宝とは似て非なる物よ」
     (グリフォン、それコインチョコじゃないよー)

     「蘭子。ちなみに猫はチョコレート、ダメですよ?」

     「えっそうなの?」

     「あはは、まぁまぁ。蘭子ちゃん、写真をお願いしますね」

     「心得た!」
     (はーい)

    200 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 21:23:57.93 ID:iqmN4vTvo

    蘭子が携帯のカメラを起動する。
    小判を抱えたグリフォンを抱えた茄子は、確かに縁起が良さそうに見えた。
    茄子の腕の中で自由気ままに転げ回るグリフォン。
    そのパターンの数だけシャッターを切っていく。

     「約束の女神よ。最後の審判を」
     (茄子さん、これでどうですか?)

     「うん、バッチリです! ありがとうございました、二人もグリフォン君も」

     「グリフォン。そろそろ、めっ、ですよ」

     「ニャッ」

    珍しい玩具を取られまいと、グリフォンが小判を咥えて部屋の中を逃げ回る。
    翻弄されるアーニャを眺めて、茄子が穏やかに笑った。

     「魔獣の眼鏡に適ったようね。我が手よりも与えるべきか」
     (あはは、お気に入りだねー。あのオモチャってどこで売ってるんですか?)

     「あー、あれは慶長小判なので売ってないと思いますよー」


     「……ケイチョ?」

     「子供の頃にサツマイモ掘ってたら出てきたやつです」

     「……む?」

     「博物館にでも寄贈しようと思って、ついそのままにしちゃってて」


    201 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 21:27:48.14 ID:iqmN4vTvo

    ぐつぐつことぐつことことぐつぐつ。

    部屋にはしばらく鍋の奏でるハーモニーだけが響いた。
    やがて思い当たった蘭子が手を打ち鳴らす。



     「アーティファクトか?」
     (……本物の小判?)

     「そうですよー」



    202 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/06(火) 21:31:05.73 ID:iqmN4vTvo

     「グリフォンっ!! めっ! めっ、ですっ!!」

     「ミーッ!?」

    慌ててグリフォンをふん捕まえるアーニャを尻目に、蘭子はぼんやりと考え込んでいた。
    それはそれは楽しそうに笑う茄子の顔を眺めながら。


     「……茄子に小判」
     (……ネコに小判)

     「蘭子ちゃん、何か言いました?」

     「ううん、何も」


    茄子が蓋を開けると、実に美味しそうなカニの豆乳鍋が姿を現した。


    216 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 19:27:45.38 ID:gjUjXfn/o


     【16歳 / 冬】


    目を覚ますと何だか部屋が明るかった。
    いや、ひょっとしたら逆かもしれない。

    もしかして遅刻しちゃったかなと恐る恐る頭を上げる。
    時計の針は間もなく7時を指そうとしている所だった。
    ゆるゆると安堵の吐息を零し、そういえば今は受験休校だったと思い出す。

     「ふぁ……」

    背伸びをしてカーテンを見れば、やはり明るい気がする。
    二段ベッドの梯子を降り、深紅のベルベットを一息に開いた。

     「…………わぁ」

    水滴に曇った窓は外の景色をよく見せてくれない。
    だが薄ぼんやりと白く染まった世界に、蘭子は窓のクレセント錠を解き放った。


     「白亜の騎兵隊っ!」
     (雪だーーっ!)


    217 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 19:32:36.65 ID:gjUjXfn/o

    もちろん、蘭子が雪を目にするのはこれが初めてではない。
    日本の南端近い熊本であっても雪は降る。
    しかし阿蘇近辺ならともかく、住宅地がこれ程の雪化粧をするのは稀だ。
    女子寮前に設けられた小さな庭園は、こんもりと新雪が積もっている。


    それに何より、蘭子は雪が好きだった。何だかわくわくするのだ。


     「姫君よ! 同胞の迎えが……あれ?」

    ベッドの下段を振り返れば、もぬけの空っぽ。
    どこだろうと探してみればすぐに気付く。
    先日買ったばかりの四人用コタツ。
    その緑色の布団の端から、綺麗な銀髪だけが遠慮がちに覗いていた。

     「姫君?」
     (アーニャちゃん?)

     「……さむいです。しめてください」

     「白亜の騎士団が」
     (ねぇ、雪が)

     「しってます……さむいです……」

     「ナー」

    よく見ればグリフォンも胸に抱き締められていた。
    アーニャは冬の魔の手から全力で身を守ろうとしていた。

    218 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 19:49:26.73 ID:gjUjXfn/o

    アーニャにとって雪はレジャーなどではない。
    雨や雷と同じ、数ある気象現象の一つに過ぎない。

    ロシア連邦はサンクト・ペテルブルク。日本国は札幌市。
    どちらも雪深い地域で、アーニャは人生のほとんどをその中で過ごしてきた。
    人より寒さに強いのは確かだ。ただ、それと寒さが好きかというのはイコールでない。

     「スニェーク……雪、綺麗です……こたつ……あったかいです……それでいいです」

     「えー」

    北海道民が都内へ来てまず驚くのが家の寒さだ。
    すぐ冷える。そもそも冷たい。
    常時暖房を絶やさぬ北海道の家とは根本から考え方が異なるのだ。

     「こたつ……ハラショー……」

     「ニャー」

     「ク……我が軍勢が劣勢に立たされるとはっ!」
     (わ、私が少数派……)

    事実、北海道のコタツ普及率は沖縄と一、二を争う程の低さだ。
    彼女の実家にもコタツは無い。
    以前、友人宅にて遭遇した一件を思い出したその日に、アーニャは購入を決めた。

    コタツさん家の子供にならなってもいい。
    アーニャは今週に入ってからずっとそう考えている。

    219 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 20:33:07.44 ID:gjUjXfn/o

     「暁を糧とし、血も凍る戦場へといざ降り立とうぞ」
     (朝ご飯食べて遊ぼうよー)

     「私はいいです……蘭子、楽しんできてください……」

     「むー……グリフォンもさー」

     「ミー」

    アーニャとグリフォンが恋人の如く抱擁を交わす。
    蘭子はどうしたらいいかしばらく迷って、結局最終手段に出た。


     「…………だめ?」


    少し悲しそうな声で、ちょっと目を潤ませて、お願い。
    両親も、プロデューサーも、アーニャも。誰も勝てない蘭子の必殺技だ。

     「……ニェート。ちょっと、遊びたくなってきました」

     「やったー!」

     「ニャ?」

     「行きますよ、グリフォン」

     「……ミー」

    220 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 20:39:10.84 ID:gjUjXfn/o

     「おお……! ポリアフも戯れが過ぎたようね」
     (すごーい……銀世界だ!)

    朝食を済ませて庭園へ出れば、既に風の子達が遊び回っていた。
    望月聖と佐城雪美が協力して雪だるまを作っている。
    乙倉悠貴が全身モコモコの格好で新雪を踏み締めている。
    龍崎薫の放った流れ玉が橘ありすの顔面を急襲する。

     「ふむ。どう弄んだものかしら」
     (なに作ろっか?)

     「これだけあれば、何でも出来ますよ?」

     「じゃあ、かまくら!」

     「ダー。かまくらは得意です」

     「えっと、大きさはこのぐらいかなー」

    年少組の遊ぶ中心部から外れた場所へ丸く線を描く。
    その上に沿って雪の壁を作り始めた蘭子を見て、アーニャはくすくすと笑う。
    グリフォンはアーニャの垂らしたフードの中で寝ていた。

     「蘭子。それ、崩れます」

     「真か?」
     (そうなの?)

     「昔、私も埋まったから」

    すっかり雪だるまになったアーニャを想像して、蘭子は笑った。

    221 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 20:56:42.27 ID:gjUjXfn/o

     「まず、こうして……山を作ります」

     「ふむ」

     「それから少し水を掛けて……時間をおいて、固めるんです」

    蘭子が一かきする間に、アーニャは二かきを済ませている。
    二人の手に握られているのは頑丈そうなシャベル。
    アーニャ私物の、錠前の提げられた大きな木箱から取り出してきたものだ。
    彼女はミステリアスな女の子だった。

     「こんな風に掬うと楽ですよ」

     「ほほう……」

    アーニャが手慣れた様子で雪を引っぺがし、徐々に山を大きくしていく。
    蘭子はその山をシャベルの腹でぺちりぺちりと叩き固め、じょうろで水を撒いた。

     「アーニャちゃん、上手ー」

     「フフ。昔、パパから習いました」

     「血が結ぶ美しき技と絆ね」
     (お父さん直伝なんだ)

     「でも、パパは日本の人から教わったらしいです」

    そんな会話を交わす内、山は蘭子の背ほどまで育っていた。
    最後にホースで水を掛け、固まるまで年少組を眺めつつ休憩する。
    ちらほらと降りしきる雪がフードの中で眠るグリフォンへ舞い降り、すぐに溶けていった。

    222 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 21:04:32.66 ID:gjUjXfn/o

     「突き立てられし生命の紙片の意味は?」
     (何で枝を挿したの?)

     「トーシュナ……壁の厚さをはかる為です」

    蘭子がさくさくと、アーニャがザクリザクリと山を掘り進めていく。
    枝の先端が覗いた所で止め、再び別の箇所を掘っていった。


     「――ズェベルシーニェ。完成、です」

     「堅牢ナル氷華ノ牢獄!」
     (立派なかまくらー!)


    蘭子の言葉通りの、それは立派はかまくらだった。
    小学生ならば一人くらい上に乗っても大丈夫だろう。
    中へ厚手の布を敷き、二人して長く長く息をついた。

     「……思ったよりあったかいね」

     「ダー。雪を見ながらご飯も食べられます」

     「甘美の楽園へ誘わん」
     (チョコ食べる?)

     「いただきます」

    223 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 21:16:44.36 ID:gjUjXfn/o

    雪景色にあって、かまくらの中は一際静かだった。
    ぱきり、ぱきり。
    二人の小さな口が明治の板チョコを砕く小気味良い音が響く。

     「雪、綺麗だね」

     「綺麗です。星も良いけど、雪も……穏やかで」

     「ね」

     「……」

     「……」

     「……蘭子」

     「なに、アーニャちゃん?」



     「コタツ、持って来ませんか?」

     「来ません」

     「ナー……」


    フードの中で、グリフォンが残念そうに鳴いた。


    224 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 21:23:51.80 ID:gjUjXfn/o


     【17歳 / 春】


     「今回も良かったッス! 穏やかな曲調も良いッスね!」

     「ありがとうございます。寝る前に聴くと安眠できるかもしれませんよ?」

     「この前のライブ、お疲れ様でした。三船さんとのデュエットも素晴らしかったです」

     「あら、美優さんにも伝えておかなくちゃ」

     「天上の調べ!」
     (すごかった!)

     「我が身には過ぎたる言の葉♪」
     (照れちゃいますね)

     「水着グラビア、最高っした」

     「グラスのビーアも最高ですよね――」


    CDへのサインと握手を貰い、蘭子は意気揚々と列を離れる。
    新盤リリース恒例のお渡し会。
    楓が新たにCDを出す度、蘭子はこうして欠かさず会いに来ていた。

    事務所で顔を合わせるのとは、やっぱり少し意味合いが違うのだ。

    225 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 22:11:30.22 ID:gjUjXfn/o


     「――んしょ、っと」

    蘭子は外で音楽を聴くのが好きだ。
    部屋の中で聴くには、何だかちょっと勿体ない気がして。

    女子寮の庭園に植えられた一本桜。
    毛虫が落ちてこないか気を付けて、蘭子はその下の芝生へごろんと横たわる。
    ポケットから小さなiPodを取り出し、薔薇飾りの施されたイヤホンを差し込んだ。

     「……♪」

    昨日入手したばかりの新譜。今回のテーマは波だった。
    海だけに限らず、空であったり、あるいは心であったり。
    色とりどりに立つ波を、楓が穏やかに歌い上げる。

     「……」

    良い日和だった。
    目を閉じた蘭子の頬に木漏れ日が散り、ソメイヨシノの花びらが舞う。
    春風が吹けば、視界いっぱいの桜色が波のように揺れる。


    蘭子は高垣楓のファンだった。


    226 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 22:20:51.68 ID:gjUjXfn/o

    普段の彼女はお酒を飲むか駄洒落を飛ばすかの愉快なお姉さんだ。
    だが、一度マイクを握ったが最後。
    泣く子も歌い出す神秘の歌姫へ、魔法のように変身してしまう。

     「揺れ~、砕け~……♪」

    三度目のリピートに合わせ、口ずさむ。
    Aメロが終わろうとする頃、ふと目を開ければ隣には楓の姿があった。
    開けたばかりの目を丸くする蘭子に、楓は続きを促すように微笑んだ。

     「波よ~、風よ~、どうかまだ――」


    三分半のメロディが終わり、イヤホンを外す。
    ぱちぱちと小さな拍手を贈られ、蘭子も照れたように小さく笑った。

     「上手ですね」

     「……世紀末歌姫には敵わぬ」
     (……楓さん程じゃないです)

     「そうですか?」

    からかうような楓の反応に、蘭子の頬がぷくりと膨らむ。
    細い指でつつかれて、すぐに元通りになった。

    227 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 22:33:21.93 ID:gjUjXfn/o

     「……して?」
     (どうしたんですか?)

     「美優さんが聖ちゃん達の所へ顔を出していくって言うから、ついでについて来たの」

     「ふむ」

     「そうしたら綺麗な歌が聞こえてきてね。セイレーンかしら、って」

     「女子寮には居ないよー」

    春の陽気に当てられたような、気の抜けた会話。
    一回りも離れた歳を気にする事無く、二人はのんびりと会話を楽しむ。
    風が吹く度に、庭園の春模様も穏やかに揺れていた。

     「……世紀末歌姫」
     (楓さん)

     「何でしょう」

     「そなたの瞳に、此の世界はどう映っている?」
     (アイドルを始めて……楓さんは、どうだった?)

    一瞬だけの静寂が降りた。
    二人の目が合って、それから楓が空を見上げる。
    再び口を開くまでに、三枚の花びらが舞い散った。

     「……上手く、伝えられませんね」

    228 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 22:47:34.66 ID:gjUjXfn/o

    幹に預けていた背を今度は芝生へ任せ、楓もごろりと横になった。
    すぐ隣にあった、つつくのにちょうどよさげな頬をつっつく。
    ぷくりと膨れて、すぐにしぼんだ。

     「歌を唄うのは、好きでした。でも、前はアイドルだなんて考えもしていなくて」

     「……」

     「全部が変わったような気がしますし、何一つ変わっていない気もします」

     「……むずかしい」

     「ええ、とても。ですから」

    指を一本、ぴんと真っ直ぐに伸ばす。


     「――オトナになってからのお楽しみという事で、一つ」


     「……ほう。我が身を童と侮る心算か」
     (子供じゃないもん)

     「じゃあ、今夜一緒にお酒を酌み交わしましょうか」

     「子供です」


    楓の参加する宴会は、広く地獄絵図と呼ばれている。
    蘭子もまた地獄からの生還者だった。


    229 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 22:57:28.08 ID:gjUjXfn/o

     「でも、そうね、蘭子ちゃんなら」

     「――楓さーん」

    女子寮の玄関から三船美優が姿を現した。
    両脇にはゴザを抱えた雪美と、バスケットを提げた聖も見える。

     「お待たせしました……」

     「いえいえ、蘭子ちゃんをつっついてたらあっという間でしたから」

     「つっつかないで」

     「それはそれとして。その荷物、ひょっとすると?」

    蘭子が楓の脇腹をつつく。
    あまりの頼りなさに、蘭子はちょっと楓の身が心配になった。
    風の噂によれば半分は酒で出来ているらしいが、果たして。
    もう半分はダジャレかなと蘭子が考え出した所で、聖がバスケットを開ける。

     「お弁当……作ってました……待たせて、ごめんなさい」

     「お花見……楽しみ……」

     「やっぱり。ここでやるんですか?」

     「いえ、近くにある公園に……結構、綺麗に咲いてるんですよ」

    230 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 23:06:50.14 ID:gjUjXfn/o

    サンドイッチや卵焼きの詰まったランチボックスを見て、蘭子のお腹がきゅうと鳴った。
    四人――ペロも含めて四人と一匹――の視線が、寝転がっていた蘭子へ注がれる。


     「ふむふむ。『衝撃。蘭子ちゃんは花より団子派』……と」

     「ぐ、グループ窓に書き込まないでぇっ!」

     「たくさんあるから……蘭子も……安心」

     「貪欲の王などではない!」
     (く、食いしん坊じゃないよっ!)

     「お酒も」

     「無いです」

     「ですよね」

     「……飛鳥ちゃん達も呼んで来ていい?」

     「いいですね……みんなで、賑やか……」


    三人寄れば姦しく、百五十人が集えば乱痴気騒ぎ。
    アイドル達が揃えば、そこはいつでも賑やかなライブ会場なのだ。


    231 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/20(火) 23:18:12.46 ID:gjUjXfn/o

     「わぷっ」

     「わぁ……」

     「綺麗……」

     「春ですねぇ」

     「……♪」

     「ナー」


    一陣の風が吹き、桜吹雪が舞う。


    神崎蘭子、アイドル4年目の春だった。


    238 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 18:06:37.99 ID:bQ96gOM+o


     【17歳 / 夏】


     「こんな所かな。何か質問はある?」

     「ン……シャンプーとか、要りますか?」

     「いや、ホテルにアメニティとか一通り揃ってるから大丈夫」

     「ポーニョ」

     「蘭子ちゃんは?」

     「愚問ね」
     (大丈夫です)

     「よし、お疲れ様。また週明けから頑張ろう」


    二人との打ち合わせを終え、スケジュール帳を閉じる。
    楽しげに週末の予定を話し合う蘭子とアーニャを、彼はぼんやりと眺めていた。

     「……プロデューサー? どうか、しましたか?」

     「ああ、いや……二人とも良い子だよなぁ、って」

     「む?」

     「反抗期ってあるのかなぁとか、何となく考えてた」

    239 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 18:11:52.98 ID:bQ96gOM+o

    反抗期。

    人間の生育過程において、個人差はあれど中学生前後に迎える事例が多いだろう。
    自我の確立による社会との認識ズレ、外圧からの防衛反応。
    大抵の子供において、赤子時代に次いで親を困らせる時期である。

     「掲げた反旗翻りし日々……」
     (反抗期……)

     「親とか教師とか、いちいちうるさいなぁとか思ったりさ」

     「先生、色んな事を教えてくれますよ?」

     「我が血族も、魔界にあっては危うい程の慈悲を持ち併せているわ」
     (パパもママも優しいよ?)

     「ええと……親じゃなくても、俺の口出しとか」

     「向けられた牙に潜む下僕の覚悟、見抜けぬ身とでも思ったか」
     (でもプロデューサー、私達のこと、一番に考えてるでしょ?)

     「ラッセルディーツァ……プロデューサー、怒るの苦手、ですね?」

     「…………まぁ、そうかな」

    去年、アーニャが仔猫を探しに黙って飛び出した際は叱った。

    怒った経験と言えばそれぐらいしか思い当たらない。
    二人とも真面目にレッスンするし、ファンに対しても真摯な姿勢だ。
    指導する事こそあれ、叱る機会はほとんど訪れなかった。

    240 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 18:21:59.04 ID:bQ96gOM+o

     「うん、まぁ確かに、無いなら無いでいいのかもしれないな、うん」

     「プロデューサー、いっぱいコントラターカ……反抗しましたか?」

     「したした。そりゃもう」

     「どんな風に」

     「……さ。帰ろうか。送ってくよ」

     「ねぇ、どんな風にー?」


    帰りの車内で、アーニャが隣から、蘭子が後ろから揺すり続けた。
    女子寮に着いた頃にはだいぶ酔っていた彼を見て、二人はちょっと反省した。


    241 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 18:37:06.52 ID:bQ96gOM+o


     「反抗期かー」

     「ナー」

     「グリフォン、お手」

     「ニャ」

     「おかわり」

     「ニャア」

     「反抗期」

     「……ミ?」


    よく分からずに蘭子の胸元へ飛び込んだグリフォンを抱え、ゴロリと横になる。
    テーブルの向かいで一緒に夏期課題を進めていたアーニャのペンが止まった。
    ハンコウキ、と呟きながらノートにペンを走らせる。
    『反攻期』と書かれていて、少し惜しかった。

     「パンドラの筺を持ち去られたわ」
     (結局教えてくれなかったね)

     「反攻期……みんな経験するもの、ですか」

     「うーん……」

    蘭子がグリフォンの鼻を押し、グリフォンが蘭子の顔へパンチを見舞った。

    242 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 18:48:53.75 ID:bQ96gOM+o

     「……雪姫よ」
     (アーニャちゃん)

    むくりと蘭子が起き上がって、猫パンチされた鼻がちょっと赤くなっている。

     「我らは夢中を舞い踊りし偶像」
     (私達、アイドルでしょ?)

     「ダー」

     「火中すら舞う為に、剣を、盾を、弓を扱う必要もあろう」
     (だからやっぱり、色々と経験した方が良いんじゃないかな、って思うの)

     「その通り、かもしれません」



     「いざ、盟友に反旗を翻さん」
     (反抗期、しよ?)

     「ダー。良いアイディアです」

     「ニャー」


    夕ご飯を求め、グリフォンがアーニャの背をてしてしと叩く。


    243 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 18:57:06.38 ID:bQ96gOM+o


     「ふむ。どう攻めたものか」
     (どうしよっか)

     「ンー……ン。さばみそ、美味しいです」

     「やぁ、良い夜だね。何の話かな」

     「おぉ、我が友。バスティーユを共に目指さん!」
     (あ、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんも一緒に反抗期する?)

     「…………ん?」


    女子寮の食堂は賑わっていた。
    年末や改変期には空いている席も、夏休み入りたての今日はかなりの数が埋まっている。
    賑やかと言うよりも騒がしい食堂の隅。
    主菜の姿無き大皿を前に、前川みくが力無く箸を進めていた。

     「ええと、つまりはどういう事だい」

     「私と蘭子、反攻期します。飛鳥も一緒にどうですか?」

     「参ったな。話も前進するとは限らないのか」

    夕食をつつきつつ、飛鳥がお世辞にも分かりやすいとは言えない話を噛み砕く。
    彼女は割合に苦労を背負い込むタイプだった。

    244 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 19:14:16.11 ID:bQ96gOM+o


     「――なるほど。ようやく納得がいったよ」


    ようやく事情を把握し、飛鳥が食後のコーヒーを啜る。
    長年に渡る努力の甲斐あって、浸す角砂糖の数は二個にまで減っていた。

     「二人には悪いが、ボクの口からは馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ないね」

     「そうかなぁ?」

     「そもそもだ。『反抗期』なんて言葉、実につまらないとは思わないかい?」

     「つまらない……ですか?」

     「大人というのは何でも名付けたがるものでね。型に填め込まないと気が済まないのさ」

    飛鳥が両手を広げて椅子に背を預ける。
    蘭子とアーニャはふんふんと頷いていた。

     「情動、発露、慟哭。カタチは様々だが、どれもその個人の全存在を賭けた、一種の表現だ」

     「ほう……」

     「そんな劇物をリカイし易いように捻じ曲げる無粋さには、一種の同情すら覚えるよ」

     「ンー……反攻期、ダメですか……」

     「いや、そうは言ってないさ。アーニャ」


    眉一つ変えずブラックコーヒーを嗜むアーニャを、飛鳥はけっこう尊敬していた。


    245 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 19:27:07.88 ID:bQ96gOM+o

     「経験が力になるという点にはボクも全く同意するよ」

     「でも、反抗期ってつまらないんでしょ?」

     「そこさ。つまらないモノを敢えて手に取ってやろう、という心意気。それこそが」

    ふと気付いたように飛鳥が口を開く。
    しばらくの間くつくつと笑う彼女を前に、蘭子とアーニャは顔を見合わせる。
    ようやく笑い終えた飛鳥は、ニヒルにウィンクを決める。


     「李衣菜の言う所の、ロックな――反抗期ってヤツじゃないか?」



     「じゃあ、飛鳥ちゃんも一緒にやる?」

     「いや、いいよ。生憎だが間に合ってるんでね」


    二宮飛鳥の反抗期は、そろそろ十年目に差し掛かろうとしていた。


    246 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 19:39:34.22 ID:bQ96gOM+o


     「結局、反攻期……よく分からなかったですね?」

     「だが、我が戦友は暗黒の果てに一筋の光を導いた」
     (でも、良い事だっていうのは何となく分かったね)


    夕飯の後にお風呂も済ませ、蘭子とアーニャは部屋へと戻って来た。
    そして開きっぱなしにしていた課題に再び取り掛かる。
    二人は夏休みの宿題を初めの方に終わらせるタイプだった。

     「反攻期、一つずつ挙げてみますか?」

     「うん」

     「ンー……レッスンの、おさぼり」

     「ファンのみんな、がっかりしちゃうよ?」

     「それは……イヤ、ですね」

     「えっと、じゃあ、悪口とか?」

     「みんな、良い人達ばかりです」

     「だよね」

     「パパ達に手紙送らない、はどうですか?」

     「心配しちゃうよぉ」

     「そうですね……」

     「深遠なる魔術式……」
     (難しいなぁ……)

     「……難しいです」


    今日も穏やかに夜が更けていく。


    247 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 19:48:47.61 ID:bQ96gOM+o

    そろそろ寝ようかな。

    一区切り着いた課題から顔を上げ、アンティークの壁掛け時計へ目を向ける。
    そして思い付いた。

     「夜の眷属たらんっ!」
     (夜更かしだよっ!)

     「……シト?」

     「一夜の寂寞を共に祝おう!」
     (夜更かしなら迷惑も掛からないよ!)

     「……!」

    二人の頭に電球が浮かぶ。
    感心したアーニャが小さな拍手を贈った。

     「コーヒー、淹れますね!」

     「お砂糖四つね! ……あっ」

     「?」

     「歯、もう磨いちゃった……」

     「……フフッ。安心してください、蘭子」

     「え?」



     「私達は今、反攻期です」

     「……!」


    良いアイディアの多い日だった。


    248 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 19:57:26.63 ID:bQ96gOM+o


     「……ふぁ」

     「……眠く、ないですよ?」


    24時間稼働の事務所グループ窓を覗いたり。
    二人で買い集めたみんなのCDを聴き直したり。
    グリフォンのブラッシングに精を出してみたり。
    何となく望遠鏡を立ててみたり。


    それでもヒュプノスの魔力は強大で、二人の目蓋は重力呪文を掛けられてしまう。
    このままでは敵の手に落ちるのも時間の問題で、時計は十二時を指そうとしていた。
    いつもの二人なら、日付が変わる前にはぐっすりなのだ。

     「……雪姫よ」
     (アーニャちゃん)

     「……どう、しましたか?」

     「助力を仰ごう」
     (助けてもらお?)

     「……誰に、ですか?」

     「隣国の小悪魔共」
     (お隣さん)

     「寝て……ない、でしょうか」

     「たぶん……」


    ぐっすりと眠っているグリフォンを抱え、二人は隣室のドアの前に立っていた。
    控えめに三度、遠慮がちなノックが夜の寮に響く。


    249 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 20:05:25.81 ID:bQ96gOM+o


     「――はいはーい、どうせフレちゃ……って、あれー?」


    顔を出した塩見周子が意外そうに目を丸くした。
    眠そうな二人と眠っている一匹を前に細い首を傾げる。

     「んーと、どうかした? 蘭子ちゃんにアーニャちゃんにグリフォン君まで」

     「夜更かし中……なので……お邪魔、いいですか?」

     「……ん?」

     「反逆の旗を……倒しては、ならぬ……」
     (反抗期……なんです……)

     「…………んー?」

     「周子、どうしたの……って、あら。お隣さん?」

    その後ろから速水奏も顔を覗かせた。
    何だか要領を得ないままに、二人は蘭子とアーニャを部屋へ通す。

     「それで……二人とも、どうしたのかしら」

     「夜更かし……」

     「反逆……」

     「うーむ。さっぱり分からんけど、遊びに来てくれたんじゃない?」

     「……ま、そういう事にしておきましょうか。ココアでも飲む?」

    250 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 20:10:32.70 ID:bQ96gOM+o

    ありがたくココアをご馳走になった蘭子とアーニャ。
    二人の首は既に据わりが怪しかったが、睡魔に負けまいと必死に目を開けようとしている。

     「何して遊ぼっか」

     「うむ……」

     「夜も遅いし、おとなしく映画でもどう?」

     「……ダー」

    そして上映が始まったのはとあるシチュエーション・スリラー。
    井戸の底に閉じ込められた男を映像美が描き出していく。
    しかし、話は遅々として進まない。
    せめてもの抵抗として奏と周子へ振られる話題は、既に半分となっていた。

     「そういえば……奏は、どうして……家じゃなくて…………寮…………」

     「別に、都合がいいからってだけ。家族とも仲は……っと」

     「二十分かー。まぁ保った方かな?」

    アーニャにもタオルケットを掛けつつ、周子がマグカップを片付ける。
    映像を停止し、奏が取り出したディスクをパッケージへ戻した。

     「ハズレ映画も役に立つ事があるのね」

     「え、集めてたんじゃなかったん?」

     「誰が」

     「奏が。よく買って来るじゃん」

     「母数が多いだけよ」

    251 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 20:18:38.21 ID:bQ96gOM+o

    周子と共にベッドへ腰掛け、バーボンの注がれたグラスを小さく打ち鳴らす。
    ぬるい中身を少しずつ含みながら、姉妹のようにソファで眠りこける蘭子とアーニャを眺めた。

     「反抗期ですって」

     「じゃあお仲間だ」

     「誰が」

     「奏が」

     「面倒だし、もうそれでいいかな」

     「うーん、反抗期らしくない発言」

    先にグラスを干した周子が再びボトルを傾ける。
    差し出されたボトルに、奏はグラスを置いて答えた。

     「良い子だから、そろそろ寝るわ。グリフォン君は貰うわね」

     「ちょいちょい。あたしも狙ってたんよ? 一言あってもいいんじゃない?」

     「じゃあ抱き合って眠る?」

     「夏だよ」

     「夏ね」


    エアコンの設定が三度下がって、ソファの二人にタオルケットがもう一枚サービスされた。


    252 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 21:16:13.15 ID:bQ96gOM+o


     「ドープラェウートラ!」

     「煩わしい太陽ね!」
     (おはようございます!)

     「おはよう。こら、蘭子ちゃん。最初の挨拶だけは?」

     「煩わしい太陽ねったら太陽ね!」
     (おはよう、ございまーすっ!)

     「……おお?」


    週明け。

    事務所へ顔を出した蘭子は自信満々に鼻を鳴らしてポーズを決める。
    すぐ後ろで、アーニャがそれは楽しげに微笑んだ。

     「プロデューサー。私たち……反攻期、です」

     「フハハハハッ! 我らが攻勢に震えて滂沱するがよい!」
     (えへへ。すっごく反抗期しちゃうからねっ!)

     「ああ……なるほど。大体分かった、うん」

    彼は理解が早い。
    最も、そうでなければ二人のプロデュースなど務まらないのだが。

    253 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 21:30:28.11 ID:bQ96gOM+o

     「それで、二人はどうするのかな」

     「ククク……」

     「フフッ」

    蘭子とアーニャが目を合わせて頷く。
    昨日一日考えて合意に至った結論。その恐ろしい宣告の刻だ。


     「勝利の杯を掲げし暁に、甘美なる供物を捧げよ!」
     (お仕事終わったらケーキ食べたい!)

     「レッスン頑張ったら、ズヴェズダ……星の綺麗な場所、連れて行ってほしい、です!」


    すなわち。
    プロデューサーだけには、ちょっとくらいワガママと迷惑を掛けてもいいだろうと。


     「ああうん、いいよ別に。そのくらい」


    254 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 21:36:11.66 ID:bQ96gOM+o


     「――母なる水面の煌めき!」
     (見てっ! 海がきらきらしてる!)

     「ンー! お塩の香り、ですね!」

     「潮な、アーニャちゃん」


    アーニャご要望の、海辺ドライブ。


     「おお……眼下に幾万の民が」
     (わー……ちっちゃーい……)

     「冬はもっと見えるらしいぞ」

     「なら、もう一度来ましょう♪」


    蘭子ご要求の、スカイツリー展望台。


     「彩果の宝石……!」
     (ケーキ、どれも美味しそう!)

     「……! クレープ、焼いてくれるんですか?」

     「ふふっ。ここは一つ、景気良く♪」

     「あの、何で楓さんまで居るんですか?」


    二人ご命令の、スイーツビュッフェ。


    255 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/21(水) 21:37:03.29 ID:bQ96gOM+o


     「反抗期って、楽しいね♪」

     「反攻期、ハラショー♪」


    ようやくワガママになってくれた二人の背へ、彼は静かに微笑んだ。


    265 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 19:07:24.26 ID:zXohzgbco


     【17歳 / 秋】


     「わ、我が覇道、最早これまでか……」
     (私……こ、殺されちゃうかもぉ……)


    事務所に顔を出すなりそう告げた蘭子へ、彼は血相を変えて詰め寄った。


     「ど、どうした蘭子ちゃん!? 大丈夫だ、絶対守ってやるからな!」

     「…………これ」

     「だから……ん? 通帳?」

    差し出された預金通帳には『神崎蘭子様』と名義が記載されている。
    首を傾げつつも、開いた通帳をめくってみる。
    ページを進めるごとにゼロの数が増えていって、最後の金額は八桁へ達していた。
    もうほとんど九桁に近かった。

     「ワーォ……」

     「か、斯様な金銀財貨など、我が手には余る!」
     (こ、こんなお金、持った事ないよぉ……)

     「えーと……どうしたの、これ」

     「我が血族による転移の儀式を経し代物」
     (お母さんがカードと一緒に送ってきたんです)

    266 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 19:15:27.40 ID:zXohzgbco


     ――はい、神崎です。


     あら蘭子。闇に飲まれよっ♪
     ……え、ダメ? そう?
     でもご近所さんの間でけっこう流行って……え、そんなにダメ? そう?

     うんうん。ああ、届いたのね。
     そうよ、あなたの。
     え? うん、約束通りちゃんと積み立てておいたわよ?
     でも必要な分が貯まった後もどんどん増えてきちゃって。

     どうしようか、パパと話し合ったの。
     本当は蘭子が成人したら渡すつもりだったんだけどね。
     あなたの活躍と便りを見てると、もう心配無いだろう、って。

     だからそれは余った分なの。蘭子が使い途を決めて頂戴。
     でも、使う前にはきちんと考えなきゃダメよ?
     昔みたいにいきなりお店のチョコケーキ買い占めたり……そう? ふふっ。

     元気そうで何より。
     またいつでも電話するのよ、蘭子。


     ……あ、ごめん。その前にパパと代わるわね。
     さっきから仔犬みたいな目でこっちを――


    267 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 19:21:33.13 ID:zXohzgbco


     「――方舟は羅針盤を喪った」
     (それで、どうしようか分かんなくなって……)


    契約当時、蘭子はまだ中学1年生。
    発生する金銭の管理は当然ながら両親へ一任する事となった。
    そこで両親は蘭子の将来に備え、彼女の給与を学費として積み立てていたのだ。

    金額は順調に伸びていった。
    高校分が貯まり、大学分も貯まり、修士課程の分まで貯まり、博士課程の分を超えた。
    止まらなかったのだ。


     「は、はぁ……そうですか……」

     「下僕よ、不気味なる言霊を紡ぐな」
     (プロデューサー、何で敬語なの?)

     「いや、その、うん」

    根っからの庶民である彼は口を開けるばかりだった。
    いや、彼とて分かってはいた。事務所の中でも蘭子は稼ぎ頭だと。
    だがこうして確固たる数字を突き付けられ、それに圧倒されていただけだ。
    三年半の活躍ぶりを間近に見ていれば、この程度は全く不思議でもない。

    268 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 19:32:44.46 ID:zXohzgbco

     「……お菓子でもたくさん買ったら?」

     「もう買っちゃった……」

     「そうか……」

    蘭子も幸いにして経済的な不自由こそ経験した事は無いが、そこそこの庶民派だ。
    余りあるお金を前に彼と右往左往するばかりだった。


    そして、彼女が微笑みを湛えてやって来る。



     「――あら、蘭子ちゃん。何かお困りごとですか?」



    千川ちひろが気持ちの良い笑顔を浮かべていた。


    269 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 19:40:47.80 ID:zXohzgbco

     「ああ蘭子ちゃん! というかレッスンあるよな! 行こうか!」

     「……え? え?」

     「すんません出てきます! また後で!」

     「げ、下僕ぅ~っ……?」

    蘭子の手と鞄をひっ掴み、彼は嵐のような速度で事務所を飛び出して行った。
    か細い声も尾を引いて消え去っていく。


     「……別に、取って喰いやしないのになぁ」


    背後から差し入れようとしたエナジードリンクをお手玉し、プルタブを捻る。
    腰に手を当てて一息に干すと、彼女は今日も元気に仕事へ取り掛かった。


    270 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 19:52:09.24 ID:zXohzgbco


     「使い途?」

     「うむ」

     「うーん……貯金?」


    今日のレッスンパートナーは凛だった。
    ちょうどいいとばかりに、蘭子がお悩み相談を切り出す。

    先日タイトルを返上したばかりの三代目シンデレラガールが柔軟しながら唸る。
    アーニャと同じく受験生の身分である凛。
    彼女も軽いダンスレッスンだけは、気分転換がてら受けるようにしていた。

     「私も両親に全部任せてるから」

     「蒼の騎士もか」
     (凛ちゃんも?)

     「特に欲しい物も無いし……あ、ハナコのご飯をちょっと良いのにしたよ」

     「ほほう! なるほど、手勢への褒美か。我が軍も倣うとしよう」
     (あ、それ良いかも! グリフォンも喜ぶよね♪)

     「他の人にも訊いてみたら? 心当たりはあるでしょ」

     「うんっ」


    高校生ながらの一千万プレイヤー二人。
    柔軟をこなす少女たちを、ベテラントレーナーがちょっと羨ましそうに眺めていた。


    271 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 19:59:32.58 ID:zXohzgbco


     「使い途、ですか?」

     「うむ。あむっ。美味しいですね、このタルト♪」

     「はいっ♪ 最近こればっかり頼んじゃって~……」


    昨年末に社屋へ新設されたばかりのカフェテラス。
    昼下がりの薫風を楽しみながら、蘭子は十時愛梨とテーブルを囲んでいた。
    新商品のパンプキンタルトはなかなかの評判らしい。

     「……あ、車ですっ! 両親に新しい車をプレゼントしましたっ♪」

     「ほう! 鋼鉄の幌馬車を!」
     (車ですか!)

     「私もこんな立派に成長したよー、って伝えたくって」

     「車……車かぁ」

    意外な人物から飛び出した意外な言葉。
    呟きながら、蘭子が銀のフォークをくるくると回す。

     「私、自分ではしっかりしてるつもりだけど、ちょっと抜けてるみたいで~」

     「……うむ、まぁ、うむ」

     「あっ、蘭子ちゃんたら、ひどい~っ」

     「……む。す、すまぬ。始祖たる灰被り」
     (ご、ごめんなさい愛梨さん……)

     「な~んて。えへへ、冗談ですよっ♪」

     「……むー!」

     「あははっ」

    272 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 20:35:03.12 ID:zXohzgbco

    ぷくりと膨らんだ蘭子の口元へ、愛梨がフォークに載せたタルトを差し出す。
    あむりと頬張れば、蘭子の表情は立ち所に笑顔へ変わった。
    愛梨の目にすら、彼女はイタズラしたいタイプに映るのだ。

     「後はー、後輩の娘たちにご飯を奢ったり?」

     「……ほう?」

     「私も蘭子ちゃんも、最初の頃からこの事務所に居ますよね?」

     「うむ。我が居城の栄えゆく様を見守っていたわ」
     (はい。随分と大きくなりましたもんねー)

     「よくわからないけど……芸能界はそういうのも大切だって、Pさんが言ってて」

     「ほほう」

    雑居ビルの間借りから始まったシンデレラガールズプロダクション。
    二度の移転を経て、今や小さいながらも自社ビルを構えるまでに急成長を遂げた。
    ひと頃に比べれば随分と控え目だが、今でも新たなアイドル達がたびたび加入している。
    フレッシュな娘たちを見る度、蘭子は「若いって良いなぁ」と感慨に耽っていた。


     「後はお洋服買ったり~、旅行とか、ケーキバイキングとかっ!」

     「……徒に手駒を散らすのは上策と言えぬ」
     (無駄遣いのし過ぎは良くないんじゃあ……)

     「き、気を付けてますよ~? ……なるべく」

    テーブルの隅に立つ、新発売のスムージーが描かれたメニューカード。
    先程からちらちらと視線を向けていた愛梨に、蘭子はちょっと不安になった。

    273 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 20:50:21.50 ID:zXohzgbco


     「貯金」

     「貯金……」

     「現金ねぇ」

     「ナー」


    今日も賑やかな女子寮の夜。
    グリフォンを手土産に蘭子は隣室を訪れていた。
    蘭子は差し出された八ツ橋を美味しく頂き、奏はグリフォンを撫で回す。
    グリフォンがひどく不満げな顔を見せていた。

     「いやいや先々代どの。今の世で何より重要なのはお金ですよ」

     「一理あるわね」
     (確かに)

     「江戸っ子は宵越しの銭を持たないらしいけど、京女は来世分まで取っとくのさ」

    ベッドの上でぐたりと横になりながら、周子が立てた指を振る。
    ここ半年ほど、周子の夜は健全な休息に費やされていた。
    一応はお客様の前だが蘭子は気にしない。
    シンデレラガールは大変なのだ。蘭子はそれをよく知っていた。

    274 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 21:02:42.72 ID:zXohzgbco

     「血族への返礼などは?」
     (家族の人には?)

     「……んー、まぁ、あっちはあっちで宜しくやってるでしょ」

     「ほう」

    枕に顔を埋めて零す周子に、蘭子は頷きを返す。
    グリフォンを抱えていた奏が、その様子を見て笑いを堪えていた。

     「……半妖の魔女?」
     (奏さん?)

     「ねぇ、蘭子。周子はこう言ってるけどね? この娘ったら前は喧嘩中なのに」

     「奏」

     「はいはい。京女は怖いんだから」

     「……む?」

    周子は憮然と、奏はさも楽しそうに。
    意味深な会話を交わす二人の間で、蘭子は首を傾げるばかりだった。

    275 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 21:53:32.09 ID:zXohzgbco

     「下僕よ」
     (ねぇ、プロデューサー)

     「あ、その前にちょっといいかな」

     「申せ」
     (うん)

     「例の件、あまり大っぴらに話さない方がいいよ。贈与税とか色々うるさいからね」

     「うん。それでお金の話なんですけど……」

     「うーん、言葉ってのは難しいな」


    翌日の夕方。
    学校帰りに事務所へ寄った蘭子は再びプロデューサーの元を訪れた。
    頭を掻く彼に、蘭子は遠慮がちに口を開く。

     「我が友には少々、奇異な問いに映るやも知れぬ」
     (ちょっと変な質問かもしれませんけど……)

     「うん」

     「西方辺境伯配下の騎士に、しかと悠久の安らぎは与えられるか?」
     (県庁の職員って有給取りやすいんですか?)

     「……うん?」

    276 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:00:39.03 ID:zXohzgbco

    蘭子の問いに首を捻った。
    そういえばお父様はそんな仕事をしていたかと思い当たる。

     「……正直に言ってしまうと、その職場によるとしか」

     「それも道理か」
     (そうですよね……)

     「だけど俺の口からも、一つだけ確かに言える事があるよ」

     「真か!」
     (ほんとっ!?)

    彼が深く深く頷く。
    オフィスを見渡して、蘭子の耳元へ口を寄せ、そして言った。


     「俺達よりも取りやすいのは間違い無い。絶対」

     「……」


    プロデューサーにも何かしてあげよう。
    蘭子はそう固く固く決意した。


    277 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:08:50.90 ID:zXohzgbco


     「あなた」

     「ん? ああ、定期報告か」

     「今回はオマケ付きよ」

     「オマケ?」


    昔よりも少しだけ寂しくなった神崎家。
    手渡された大きめの封筒を、父は不思議そうに開いた。
    中にはいつものレポートと、小さな封筒と、便箋が一枚。
    隣に腰掛けた母に促されるまま、父が便箋を広げる。


    278 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:21:40.53 ID:zXohzgbco


     拝啓


     秋涼爽快の候、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。
     この度もレポートをしたためましたので、どうぞご査収ください。

     さて、蘭子様については、この頃も好調が続いていらっしゃいます。
     能力についてはもちろん、心の発育に関しても著しいものが認められました。
     同封致しましたものに関して、それこそが証左である由を勝手ながら附させて頂きます。

     蘭子様はご日程に関して懸念されたようで、ささやかながら助言を致しました。
     その為に少々遠い予定とはなってしまいましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。


     敬具



     追記

     二人でいっぱい楽しんで来てね


    279 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:25:20.34 ID:zXohzgbco

    繰り返したサインのお陰だろう。
    昔よりも随分と上達したような蘭子の字を見て、もう一つの封筒を開く。

     「……これがオマケか」

     「ええ」

     「随分と豪勢なオマケだな」


    来夏の日付が刻まれた、一週間の地中海周遊クルーズ。
    その搭乗券が二枚、丁寧に収められていた。

     「……蘭子だって行きたいくらいだろうに」

     「あの娘も忙しいから」

     「寂しいな」

     「女子三日合わざれば恋をしてたりするものよ」

     「やめてくれ、寝られなくなる」

    280 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:36:24.39 ID:zXohzgbco

    父がチケットの入った封筒を引き出しにそっとしまう。
    それから壁際に歩み寄って、残り僅かなカレンダーをめくった。


     「明日、来年分を買って来ようか」

     「楽しみね」


    蘭子の無邪気さは、多分に両親から受け継がれていた。


    281 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:45:09.81 ID:zXohzgbco


     【18歳 / 4月9日】


    飛鳥から借り受けたウィッグ。
    久しぶりに脚を通すパンツ。
    持ち込んだ荷物の奥から発掘した帽子。
    双葉杏に半ば押し付けられたシャツ。


    プロデューサーやアーニャが見た所で、すぐには蘭子だと気付かないだろう。
    普段のガチガチに固めたゴシックスタイルと比べれば随分と防御力が低そうだ。
    上条春菜が事務所で無料配布していた伊達眼鏡を下げ、蘭子は行く先を睨む。


     「……いざ」


    蘭子は勇壮に一歩を踏み出した。



     「いらっしゃい」

    店主の小さな挨拶が響く。
    蘭子はエロ本を求め、街の本屋さんへやって来ていた。


    春は人を、少女をそういう気分にさせるのだ。


    282 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:51:44.80 ID:zXohzgbco

    昨日、蘭子は十八度目となる魔王降誕祭を迎えた。
    事務所の片隅で開かれたお誕生会の垂れ幕にもきちんと『降誕祭』と記されていた。
    最近仕入れた知識から十万とんで十八歳を名乗ろうとし、集った全員に止められた。
    彼女はその件について今でもちょっと不服だ。

     「……」

    蘭子の視線はきょろきょろと忙しない。
    今日の彼女はプレーリードッグのような警戒心を露わにしていた。


    繰り返すが、神崎蘭子は現在満十八歳である。
    そういった書物を嗜むのに何の柵も背負ってはいない。
    未だ女子高生であり、現役の人気アイドルだという点を除けば。


     「知り合いの姿は……無し、と……」

    蘭子とてよく分かっている。
    自身の立場をきちんと考えれば、エロ本を買うのは決して褒められる行為でないと。


    だが、ヒトの好奇心とはそう簡単に抑え付けられる代物ではないのだ。
    飛鳥の力強い言霊を思い出し、蘭子は深く頷く。


    ちなみに、飛鳥にそういう意味合いで言ったつもりは一切なかった。


    283 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 22:55:20.93 ID:zXohzgbco

    蘭子は分別のしっかりとした娘だった。
    ネットサーフィン中に時たま見えるそういったページからも、ちゃんと目を逸らす程に。


    だから、十八歳なんだしもう大丈夫だよね――反動とは、かくも恐ろしいもので。


    事前調査にも抜かりは無い。
    残念ながら、法律上の強制力は無くとも、学生証の提示では購入を認められない店舗が多数だ。
    ここはそういった縛りの緩い、老店主の経営する個人書店。

    恥を忍んで依頼した調査を、大石泉は苦笑しながら請け負ってくれた。
    機密費として、蘭子はお高いお店のプリンを三つも支払ったのだ。


     「……よしっ」

    一通り店内を歩き回り、知人が居ない事を確かめ終わった。
    心なしか楽しげな表情で、蘭子がヴァルハラへ足を踏み入れる。



     「……」

     「――――……っ!?」



    鷺沢文香が立ち読みを敢行していた。


    284 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:05:18.85 ID:zXohzgbco

    文香は手に取った本へじっと視線を注いでいる。
    蘭子は息を殺して踵を返し、元来た通路を三歩戻った。

     「……え? えっ?」

    今見た光景が信じられず、離れた位置から文香を観察する。
    そして気付いた。文香は別にいかがわしい本を熱読している訳ではない。
    彼女が居るのはエロ本の置かれた列の端、はみ出た純文学の一角だった。


    油断していた。
    事務所から離れた、静かで、今風ではない個人書店。
    考えてみれば文香が出没してもおかしくはない条件だ。


    ……それにしても、純文学をよりによってエロ本の隣に配置する事はないじゃないか!


    蘭子の胸中に義憤と良く似た、よく分からない何かがふつふつと湧き上がる。


    285 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:16:31.20 ID:zXohzgbco


     「――うぅ……」


    蘭子は歯噛みしていた。

    未だ文香が陣取るのは紛れも無く蘭子の目的地への入口。
    ヴァルハラで勝利の杯を掲げるにはどうしてもその脇をすり抜けねばならない。
    遠巻きに何度も何度も様子を伺っては戻り。
    その度に文香の立ち位置は微動だにせず、ただページだけが少し進んでいる。

    今さら他の店へ買い求めるのはあまりにも危険だ。
    レジで咎められ、あまつさえ正体が露見などした日には表を歩けない。
    しかし文香が見せているのは明らかに長期戦の構え。
    同じ書店員だからこそ挑める、店主上等の戦法だった。

     「……」

    雌雄を決する刻だった。
    再びこういった変装を施すのにも手間が掛かる。
    小一時間ほど観察した所、文香も書に没頭しているのは間違い無い。

    後は勇気だけ。
    自分の靴で一歩を踏み出せる者こそが、本当のシンデレラなのだ。


    蘭子は他者の言葉を曲解しがちな少女だった。


    286 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:21:27.00 ID:zXohzgbco


     「……」

     「……」


    どくん、どくん。


    胸の鼓動がうるさい。
    ふと、竹下通りをお手製の服で歩いたあの日を思い出す。
    あの時こそが蘭子にとって、アイドルへの第一歩だった。

    文香へ一歩、また一歩と近付くたび、細い脚が震え出す。
    余裕をもってすれ違えるほど広くはない店だ。
    必然、髪が擦れ合うかのような接近戦を余儀なくされてしまう。

    あと一歩。
    この一歩は、新たな日々への一歩。



    アイドルにとっては致命的な一歩だが、蘭子にとっては大いなる一歩なのだ。



     「あの、蘭子さん」



    287 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:29:32.89 ID:zXohzgbco

    蘭子の鼓動が停止した。

    あれ程うるさかった雑音は消えて、ただ血の気の引く音だけが鮮明に聞こえた。
    振り向いた文香と入れ替わるように、蘭子は微動だにしない。
    その様子へ不思議そうに首を傾げながら、文香がゆっくりと言葉を紡ぐ。


     「あの……格好は、いつもと違いますが……蘭子さん、ですよね?」

     「……白昼夢に幻影を視たようね」
     (ひ、人違いです)

     「あ……やはり」

     「あっ」


    蘭子が慌てたように自身の口を塞いで、既に全てが手遅れだった。
    何だか防御力の低そうな格好だなと思いつつ、文香が言葉の矢を射続ける。

     「先程から……ずっと、ちらちらと……視界の端に映っていたもので」

     「……」

     「ええと、その……その先は、あまり蘭子さんには……ふさわしくない、場所で」

    288 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:36:24.87 ID:zXohzgbco

    気付いたように、文香がぽんと手を叩いた。
    音ともつかない音へ、蘭子の肩が大げさな程に跳ねる。


     「そういえば……昨晩は、蘭子さんの誕生……いえ、降誕祭、でしたね」

     「……」

     「和やかで、楽しくて……ささやかながらも、素敵なパーティーでした」

     「……」

     「プレゼントも……いえ、それはともかく……十八歳に、なられていましたか」

     「……」

     「ならば……少なくとも、あなたの友という立場からは……咎める事など、出来ません」

     「……」

     「どうぞ……ごゆるりと、お楽しみになってください、蘭子さん」

     「…………ち」

     「……ち?」



     「違うもんっ! ばかーーーーーっ!!」

     「あっ……ら、蘭子さん……?」



    289 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:40:42.87 ID:zXohzgbco

    出口へ一目散に駆け出して、反応の悪い自動ドアにびたんとぶつかった。
    小刻みに震えておでこを押さえる蘭子の前で、ガラス扉がのんびりと開いていく。
    文香が何も言えずにいる内に、彼女は秋の東京へ走り去っていった。

     「……」

    手に持ったままだったハードカバーを閉じる。
    肌色と桃色の多い一角へ、ちらりと横目を向けた。


     「……私とて、多少は……ああいった書物も、嗜むのですが」


    そして、会計を済ませる為にゆっくりと歩き出す。
    抱えたハードカバーの表紙には、『新訳 罪と罰』と題されていた。


    290 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:45:02.50 ID:zXohzgbco


      CGプロ(雑談) [99+]


    HINA@原稿がんばらない。 18:22
    【や、でもあそこは食べ物出てくるの遅いっすよ? 割と】

    茄子じゃなくて茄子ですよ 18:22
    【今回は飲む派の方と半々くらいですからね】

         †††漆黒の翼††† 18:23
         【写真集返すの(イケナイ個人授業だっけ)あさってでもいい?】

    HINA@原稿がんばらない。 18:23
    【もっかいアンケ取り直します?】

    HINA@原稿がんばらない。 18:23
    【おっと】

    HINA@原稿がんばらない。 18:23
    【誤爆すかね】

    アスカ 18:24
    【まて】

    アスカ 18:24
    【消して蘭子】

    茄子じゃなくて茄子ですよ 18:24
    【あらら、青春】

    アスカ 18:24
    【こっちじゃない】

         †††漆黒の翼††† 18:24
         【ちがう】

         †††漆黒の翼††† 18:24
         【あまねす謝り】


    291 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:47:34.41 ID:zXohzgbco

    HINA@原稿がんばらない。 18:25
    【蘭子ちゃん、消した方がいいすよ】

    茄子じゃなくて茄子ですよ 18:25
    【みんなが見てないよう、祈っておきますね】

    HINA@原稿がんばらない。 18:25
    【何も見てないんで】

    HINA@原稿がんばらない。 18:25
    【あとアタシにも貸してくれると助かります>飛鳥ちゃん】

         †††漆黒の翼††† 18:25
         【ごめんなさい まちがえました】

    楓 18:25
    【 [定期] ふとんがふっとんだ】

    アスカ 18:26
    【わかったから比奈さんも消してくれ】

    Анастасия 18:26
    【飛鳥、蘭子、お部屋で待ってます】

    茄子じゃなくて茄子ですよ 18:32
    【ごめんなさい】

    292 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします : 2016/12/22(木) 23:51:29.48 ID:zXohzgbco


     「……」

     「蘭子、飛鳥。座ってください」

     「……」

     「こういうの……こういうの、蘭子の教育に、良くないです。分かりますか?」

     「…………うん」

     「飛鳥も返事、出来ますか?」

     「…………ああ」


    その日の夜。
    理不尽なお説教に、飛鳥と蘭子は物凄く釈然としない表情を浮かべていた。


    後編


    おすすめ記事
    アイドルマスターシンデレラガールズの関連記事
                
                                      

    コメント

            

            

     

    ブログパーツ

    最新記事